「あの……僕たち二人で行くんですか?」
「そうよ。なければないでかまわないからね」
杏奈は意味深な笑みを浮かべ、言いたいことだけを伝えると、そのまま踵を返した。
彼女は、卓郎の澪への恋心を知っている。
ここでも、気をつかってくれたに違いなかった。
(そういえば、再会してから二人きりになる機会は初めてだっけ)
何にしても、このチャンスを無駄にするわけにはいかない。
澪は何の疑いも持たず、早くもジャージの上着だけを羽織っている。
「卓郎君、行こう」
「あ、う、うん」
新体操部の部室は女子の更衣室も兼ねており、卓郎が部活に参加する場合は、体育の授業で使用する男子更衣室で着替えをしていた。
本来なら男子禁制の部屋に、憧れの美少女と二人だけで過ごすことになるのだ。
童貞少年の胸は、すでに淡い期待にざわついていた。
2
部室に一歩足を踏み入れた瞬間、室内に充満した甘酸っぱい匂いが鼻腔粘膜をこれでもかと刺激した。
女子の身体から放たれた体臭、汗、フェロモンが混ざり合った芳香なのだろうか。
まさしく噎せるという感覚に陥った卓郎だったが、なぜか股間の肉槍は逞しいしなりを見せた。
(決していい匂いというわけじゃないのに、何でこんなに昂奮するんだろう)
嗅げば嗅ぐほど、頭の芯がジーンと痺れてくる。
鼻をひくつかせていると、澪がさっそく指示を出してきた。
「私は用具入れのロッカーを調べるから、卓郎君は棚を見てくれる?」
「あ、う、うん」
部室内には大きなテーブルに簡易椅子が数脚置かれ、壁際に木の棚、奥にはスチール製のロッカーが設置されていた。
澪はさっそくロッカーに歩み寄り、扉を開けてボール用ポンプを探している。
卓郎も、棚にゆっくりと近づいていった。
(こっちは、用具類はない感じだな。新体操関係の本や雑誌……あとは、私物らしき小物ばかりだ。杏奈先生はなければないでいいって言ってたけど、最初からポンプなんて置いてないんじゃないか?)
二人の仲を深めさせることが目的なら、いくら探しても時間の無駄である。
もしかすると杏奈は、告白するチャンスを与えてくれたのかもしれない。
思わず緊張感に身を引き締めたものの、卓郎の視線はふと雑誌の下にあったピンクの布地に向けられた。
(ん……何だろう?)
何気なく引っぱりだすと、果たしてそれは使い古しのレオタードだった。
誰かが処分しようとして、一時的に置いたまま忘れたのだろうか。
目の前に掲げるやいなや、立体裁断されたレオタードが女体を連想させる。
この布地が、女子の瑞々しい肢体を包みこんでいたのである。
そう考えただけで、卓郎は胸をときめかせた。
「卓郎君!」
「え? あっ……」
ロッカーを探っていた澪は、いつの間にか振り返り、厳しい眼差しを向けている。そして大股で歩いてくると、手にしていたレオタードを奪い取った。
「エッチ!」
「ち、違うよぉ。タオルかと思ったんだ」
「ひと目で、ポンプじゃないことぐらいわかるでしょ! しかも手に取って、じっと見てたじゃない」
「ご、ごめん……でも、俺だって男だから」
言い訳を繕った直後、澪は卓郎の下腹部をチラリと見やり、すぐさま頬を染めながら視線を逸らした。
「……あっ」
本能の命ずるまま、股間は男の欲情をはっきりと示している。
慌ててジャージの中心を両手で覆い隠すも、しっかりと見られてしまったようだ。
羞恥にまみれた卓郎は、気まずそうに口元を歪めた。
「い、いつも、自分の意思とは無関係にこうなっちゃうんだ」
「やだ……もう。練習中も、女子のレオタードを見てるの?」
「ち、違うよ! 澪ちゃんのだけだよ……あっ」
もはや、愛の告白どころではない。
美少女が眉尻を吊りあげ、キッと睨みつけてくる。
「いやらしい!」
澪が吐き捨てるように呟いたとたん、卓郎は憤然とした顔つきに変わった。
確かに自分はスケベな男だし、レオタードの件に関しても申し開きはできない。
それでも、あからさまに非難されるとカチンとくる。
窮鼠、猫を噛むとばかりに、卓郎は逆襲に転じた。
「そ、そんなことを言ったら、澪ちゃんだってエッチじゃない」
予想外のセリフだったのか、澪はぽかんとしている。
どうして私がエッチなのかといった表情だ。
「あのとき、俺のを……その、ずっと見てたでしょ? 死にたいぐらい、恥ずかしかったんだからね」
ロッジでの射精シーンを思いだしたのだろう。
少女の頬が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「どうしてあのとき、逃げないでずっとお風呂にいたの?」
澪は完全にうろたえ、まったく目を合わせようとはしなかった。
黙りこんだまま、ただ俯くばかりだ。
「ほら、澪ちゃんだってエッチだってことでしょ?」
一歩前に出ると、澪は肩をピクリと震わせ、ようやく消え入りそうな声で答えた。
「だって驚いて……身体が動かなかったんだもん」
「視線だけは、俺の恥ずかしいところに集中してたような気がするけど」
「それは……男の人が、あんなふうになるなんて思ってなかったから」
可憐な美少女に、勃起した姿と射精シーンを嫌というほど見せつけたのだ。
羞恥に身を焦がしながらも、卓郎は追及の手を緩めなかった。
「あんなふうって、大きくなることは知ってたよね?」
澪は口元に片手を添え、コクリと頷く。