「俺が好きなのは……澪ちゃんだけだよ。この気持ちは、ずっと変わらないよ」
ホッとしたのか、澪は小さな吐息を洩らす。そして改めて確認したいのか、恐るおそる問いただしてきた。
「練習中、すごく仲よさそうに見えたけど……」
「ああ、あれね」
苦笑交じりの困惑顔で、照れくさそうに頭を掻く。
「ここだけの話なんだけど……実は昨日ね、友梨香先輩が部室の近くで元彼と言い合っているところに遭遇しちゃったんだ」
「え、元彼と? そう……まだちゃんと別れていなかったんだ」
「とにかく、ものすごくバツが悪かったよ。友梨香先輩、あの……泣いていてさ」
「嘘っ!? ホントに?」
勝ち気な姉が泣いていたという事実を、澪はどうにも信じられないようだ。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「そのあと、すごく睨みつけられて……」
「わかる。友梨香お姉ちゃん、ものすごい負けず嫌いの性格だもん。卓郎君に知られたとわかった瞬間、頭に血が昇ったんだと思う」
「俺は俺なりに、慰めてあげたんだ。男は他にもいるって。きっと、友梨香先輩にお似合いの人がすぐに現れるって」
「それで、どうなったの?」
「うん。早く元彼のことを忘れたいって言ってた。今日、仲よさそうに見えたのは、気を紛らわしたかったんじゃないかな」
友梨香と肉体関係を結んだ事実は言えないのである。
澪に気取られるのではないかと、卓郎は内心ひやひやしていた。
「友梨香お姉ちゃん、ひどい。それじゃ、卓郎君を利用しているだけじゃない」
「し、仕方ないよ。新体操部に男は俺一人しかいないんだし、少しのあいだ、我慢すればいいだけの話なんだから」
「卓郎君は……それでいいの?」
美少女は、再び突き刺すような視線を向けてくる。
「あんなことされて」
「え? あ、あんなことって……」
「変なところ、触られてたじゃない」
卓郎は、心臓の鼓動を一気に跳ねあがらせた。
友梨香が股間に手を伸ばしてきた場面を、澪はしっかりと見ていたのだ。
元彼のことを忘れるために、男子の股間をタッチする女子などいるはずがない。
卓郎は頭の中で、澪が納得できるような理由を懸命に探った。
「あ、ほ、ほら、友梨香先輩と俺……普通の先輩と後輩の関係とは、ちょっと違うでしょ? あのロッジの一件を考えれば……」
浴室での手コキを思いだしたのか、美少女は目元を赤く染める。やがて、徐々に憤然とした表情に変わっていった。
「私、友梨香お姉ちゃんに、変なことをするの、やめてもらうように言うわ。これじゃ、卓郎君がかわいそうだもの」
「い、いやっ。それは、俺のほうからはっきりと言うよ」
「どうして?」
「友梨香先輩とは、元彼との件は誰にも話さないっていう約束をしたんだ。妹に知られたら、また感情的になるかもしれないし」
いつも身近にいるだけに、姉の性格はよくわかっているようだ。
激情に駆られた友梨香の姿を思い浮かべたのか、澪はすぐさま押し黙った。
(もし二人が言い合いになって、友梨香先輩が俺とエッチしたなんて口をすべらせたら、すべてがおじゃんだよぉ)
姉との淫らな体験だけは、絶対に知られてはならない。
卓郎は一歩前に進み、必死の説得を試みた。
「ここは任せて。俺のために、今度は姉妹でケンカになったら申し訳ないし」
「……うん」
言い訳がましい保身は皮肉にも、澪に男らしさと信頼感という印象を与えたようだ。
少女は明らかに羨望の眼差しを向けてくる。
卓郎は、ここぞとばかりに駄目を押した。
「俺が好きなのは、澪ちゃんだけだからね。は、初めて会ったときから、ずっと思いつづけていたんだ。どうして連絡先を聞いておかなかったんだろうって、ものすごく後悔したんだから」
「同じこと……思ってた」
「え?」
「私も……好きだよ」
美少女は消え入りそうな声で呟き、恥ずかしそうに目を伏せる。
「ホ、ホントに?」
まさか両想いだったとは、狐につままれているようだ。
こんなにうれしくも素晴らしい日は、二度と巡ってこないのではないか。
このときの卓郎は、自分が世界で一番幸福な人間なのだと、固く信じて疑わなかった。
喜悦が内から溢れ、新たなエネルギーが漲ってくる。
安堵感を得た卓郎の視線は、ようやく悩ましいレオタードに注がれた。
抜けるように白い肌、たおやかな胸の膨らみ、こんもりとした乙女のプライベートゾーン。そしてむちっとした量感をたたえた太腿が、強烈なエロチシズムを発する。
「……澪ちゃん」
卓郎は獲物を狙う鷹のような目つきで、澪の両腕に手を添えた。
少女は肩をピクリと震わせ、ハッとした表情で見あげてくる。
「お、俺と、俺とつき合って」
返答を待つ時間がやたら長く感じたものの、澪がコクリと頷いた瞬間、卓郎はその場で飛び跳ねたい心境に駆られた。
二度と会えないと思われた美少女と、再会できたばかりか、交際にまで発展したのである。
神様に感謝すると同時に、一刻も早く彼女がほしいという欲望に衝き動かされた。
そっと顔を近づけると、少女はややためらいながらも、ゆっくりと目を閉じる。
(キ、キス! キスできるんだ!?)
心臓が一瞬にして暴れだし、全身の毛穴から汗が噴きだす。
桜桃のような唇に、卓郎は自身の唇を重ね合わせた。
プリッとした心地のいい感触に、思わず身震いしてしまう。