「お前さぁ、わがままだし、うぬぼれが強すぎるんだよ。その性格を直さないと、誰とつき合ったって、絶対にフラれるよ」
吐き捨てるような男のセリフに、卓郎は眉を顰めた。
(けっこう……キツいな)
どんなに好き合っていても、心変わりがあることは、異性との交際経験がない自分でもよくわかる。
それでも冷酷非情に近い言い方は、はたで聞いていて気持ちのいいものではない。
男は、さらに冷めた口調で最終通告を突きつけた。
「俺、他に好きな女ができたって言っただろ? 今は、そいつとつき合ってるからさ。もう二度と呼びださないでくれよ!」
あたりは静寂に包まれ、それ以降、会話が聞こえてくることはなかった。
二人とも、その場を立ち去ったのだろうか。
卓郎は安堵の胸を撫で下ろすと、ズボンとパンツを引きあげ、水を流したあと、個室の扉を開けた。
(いやなものを聞いちゃったな。もし澪ちゃんとつき合えることになったら、俺は絶対にあんなひどいことは言わないぞ)
手を洗いながら、美少女への揺るぎない思いを再確認した卓郎は、やる気に満ちた表情でトイレの出入り口に向かった。
カップルの毒気にあてられたわけではないが、一刻も早く澪と交際したいという気持ちが込みあげる。
改めて再告白の決意を固めつつ、扉を開けると、目の前を一人の女生徒が通りすぎようとしていた。
セミショートの髪型、クリッとした猫のような目元は、紛れもなく友梨香だ。
「あ、友梨香先輩」
思わず声をかけた卓郎は、次の瞬間、ハッとした。
彼女はハンカチで口元を押さえ、目は真っ赤に充血している。
「あ、もしかして、さっき聞こえてきた声って……」
友梨香が立ち止まり、突き刺すような視線を向けてくると、卓郎は慌てて口を噤んだ。
勝ち気な性格の少女が、瞳を涙で膨らませている。
おそらく、となりの女子トイレに飛びこもうとしていたのだろう。
後輩にみっともない姿を晒してしまった怒りからか、友梨香の目は憎悪に近い炎を燃やしていた。
「……見てたの?」
「あ、いや……その、トイレに入ってたら、窓のほうから男女の声が聞こえてきて」
「ちょっと、来なさいよ」
「あっ!?」
手首を掴まれ、友梨香は二階への階段をズンズンと昇っていく。
「せ、先輩! どうしたっていうんですか?」
スリムな少女は何も答えず、新体操部の部室に一直線に突き進んだ。
「入って」
「あ、あの……」
「早く!」
強引に室内へ連れこまれたあと、友梨香は扉を閉め、後ろ手で内鍵をかけた。
顔つきは真剣そのもの、下手なことを言えば、殺されてしまいそうな雰囲気だ。
「私が泣いていたこと、誰かに話すの?」
「い、いえ、そんな! 絶対に言いませんよ」
「しゃべったら、ただじゃおかないから!」
「ち、誓います。ハハッ」
あまりの迫力に愛想笑いで返すと、友梨香は眉尻を徐々に吊りあげていった。
「……むかつく」
「へ?」
「その笑い方、あいつにそっくり」
卓郎はこのとき、彼女のつき合っていた男が自分に似ているという話を思いだした。
(そ、そうだ。ロッジで会ったとき、はっきりとそう言ってた。確か……浩介とかいう名前だったような……)
友梨香は一転、寂しそうに目を伏せる。そして大粒の涙をぽろりとこぼし、自虐的な笑みを浮かべた。
「バカみたいだよね。フラれた男に、いつまでも未練を残しているなんて」
こういう場合、なんと言葉をかけたらいいのだろう。
優しく慰めればいいのか、叱咤激励するべきなのか。それとも何も言わずに、ただ黙って話を聞いてあげればいいのか。
さんざん迷ったあげく、卓郎は当たり障りのない言葉でフォローした。
「男なんて、他にもたくさんいます。友梨香先輩にお似合いの人が、きっとすぐに現れると思いますよ」
友梨香が顔を上げ、ねめつけるような視線を向けてくる。
「あなたに何がわかるの?」
「は?」
「女とつき合ったこと、ないんでしょ?」
「そ、それは……ありません。でも……」
「でも、何?」
「いつまでも引きずっていたら、前には進めないと思います。友梨香先輩は美人だし、新しい恋人はすぐに見つかるはずですよ」
余計なことだとはわかっていたが、言わずにはいられない。
凄まじい反撃を予想したものの、友梨香は俯き加減で、自分に言い聞かせるように呟いた。
「そうだよね。あんな浮気男、早く忘れなきゃいけないんだよね」
「そう! そうですよ」
ことさら甲高い声で同意した直後、勝ち気な少女は再び睨みつけてきた。
女心と秋の空ではないが、よほど感情が昂っているようで、表情がコロコロと変わる。
早くこの場から立ち去りたいと考えた卓郎は、無理にでも話を終わらせようとした。
「あ、そうだ。友だちと学食で待ち合わせをしてたんだ。もう、そろそろ行かないと。さっきの件は誰にもしゃべらないので、どうか安心してください」
卑屈な笑みを浮かべつつ、部室の出入り口に歩み寄るも、友梨香は扉の前から動こうとしない。
「あ、あの……」
「……忘れてやるわ」
「え?」
言葉がよく聞き取れず、耳を傾けた卓郎は、友梨香に再び手首を掴まれ、部室の中央に引きずられていった。
「あ、ちょっ……な、何を!?」
「あいつを、とことん忘れてやるの!」
テーブルの横に立たされ、制服の上着を強引に脱がされる。さらにはズボンのベルトが緩められ、電光石火の早業でチャックが引き下ろされた。