ヤブヌマ 侵食されゆく妻の蜜肌

ヤブヌマ
侵食されゆく妻の蜜肌

小説:空蝉

挿絵:猫丸

原作:ナオト。(サークル N.R.D.WORKS)

ヤブヌマシリーズ
リアルドリーム文庫

ヤブヌマ 侵食されゆく妻の蜜肌 ヤブヌマシリーズ

登場人物

あさおか とも

三十代前半の会社員。大学の後輩だった妻・咲美とは結婚してから五年が経つが、順風満帆な生活を送っている。だが、藪沼と出会ったことで寝取られ性癖に火がつくことに。

あさおか さく

智の妻で一児の母。明るく健康的で素朴な愛らしさがあり、気は強いが心根は優しく、清廉で快活な性格。半年前からスーパーでパートとして働いている。

やぶぬま みき

咲美のパート先の副店長。推定年齢五十代後半、三白眼に鷲鼻、厚い唇という不格好な外見。上の者には媚びへつらい、目下には偉ぶる性格から、咲美に嫌われている。

第一章 萌芽

もうじき夏がやって来るというのに、妙に肌寒さが身に染みた、夜。

「──ただいま」

残業を終え帰参した自宅玄関にて。あさおかともは、すでに就寝しているやも知れぬ家人を気遣って、抑えた声量で恒例の言葉を投げかけた。その言葉尻が消えるやというタイミングで、リビングの方からぱたぱたとスリッパ履きの足音がやってくる。

「おかえりなさい」

間もなく顔を見せた人物が、いつも通りの優しい笑みを携えて応答してくれた。

「ん。ただいま。起きて、待っててくれたんだ」

外から見た我が家のリビングに明かりが点っていたので、期待してはいた。が、実際に待ってくれていたのがわかると、ひと際の嬉しさがこみ上げる。玄関先までやってきた妻、さくの穏やかな笑顔に出迎えられ、智は釣られるように破顔した。

「残業、お疲れさま」

「先に寝ててくれてよかったのに」

急に残業が決まった時点で連絡しておいた言葉を繰り返す夫に対し。

「一人で食べるご飯って味気ないじゃない? せっかく作ったお料理、どうせならできるだけ美味しく食べてもらいたいもの」

妻は事も無げに言ってのける。

中肉中背の体型に無地のカットソーとジーンズという、いつも通りのラフな服装を纏い、さらにその上からエプロンを着けた、咲美。眩い笑顔を浮かべるその容姿は、目立つ美人タイプではないが、明るく素朴な愛らしさに溢れている。肩先に届くか届かないかの長さのヘアスタイルが、はつらつとした雰囲気をより際立たせてもいた。

(僕には、もったいないくらいの嫁さんだ)

また釣られて顔綻ばせ、智はしみじみと再認識した。

咲美が寝ずに待ってくれていたおかげで、屋内は充分に暖まっている。玄関先でこうなのだから、夕餉の構えられているリビングに入れば、冷えた身体も芯から温まるはずだ。

「先にお風呂にする? それともご飯、先にする?」

受け取った夫の鞄を胸に抱え持ちながら尋ねてくる妻の言葉から、風呂も沸かしてあるのを知り、また新たな感謝の気持ちを抱かされた。

咲美が風呂という選択を先に掲げたのは、夫がいつもそちらを選ぶのを知っているからだ。結婚して五年という歳月の積み重ねが、そうした些細な部分からも読み取れて、身体に先んじて智の心が温もった。

「風呂にするよ。早めに済ませるから、すまないけどもう少しだけご飯、待っててくれるかな」

了解、と声弾ませて応えた妻の姿に、夫が笑顔で頷きを返した直後。続けて彼女の口から「実は先に少しつまみ食いしちゃったんだ」とおどけた告白が飛び出して、思わず吹き出してしまった。そんな夫を見て、一層妻の表情が綻ぶ。

ようやく靴を脱いで室内に上がった智が二歩前に進んで所定の位置につくと、咲美は背後に回ってスーツの上着を脱がせてくれる。夫が家族を養うため就労した証である鞄とスーツを、彼女は愛しそうに抱き抱え、細めた瞳で見やる。

情の深い所は、初めて出会った十九の頃から変わらない。明るく真面目で、態度も飾らない咲美の周りには、大学生当時、いつも自然と人の輪ができていた。

無論、男たちの中には咲美を恋人にしたいと狙う者が何人もいた。

(僕も、最初はその中の一人に過ぎなかった)

人気者の咲美を他の者に奪われまいと、日々懸命にアタックした結果として、今がある。過去の自分の必死さに苦笑すると同時に、咲美と過ごす今の幸せを噛み締めた。

愛しい人と共に過ごせた学生時代。卒業後の同棲。そして結婚から今日に至るまでの愛情を育んだ日々。どれも掛け替えのない宝物として胸に息づいている。

咲美もそうであればいい。そうであってほしいと願うから、家族となった彼女のために今日も一日仕事を頑張れた。──と考え至ったところでさすがに気恥ずかしくなり。

「さすがにともは寝ちゃってるよな……」

ネクタイを緩めつつ、智はもうひとつの宝物の所在を妻に問う。

「起きてるって言って、ずっと待ってたんだけどね。さすがに九時前には寝ちゃったわ。夕ご飯もお腹いっぱい食べてくれたし、お風呂もあたしが入れておいたから」

「そっか」

先の「一人で食べるご飯は味気ない」発言と併せて考えるに、咲美の「つまみ食い」は愛娘に寂しい思いをさせぬための気配りだったのだろう。娘と一緒に摂った軽めの食事を、あえて茶目っ気たっぷりに表現してみせたのでは──そう思うと、余計に愛おしさがこみ上げる。