ヤブヌマ 侵食されゆく妻の蜜肌

「ひょっとして咲美も、この後ホテルかどこかで……って、期待してた?」

耳元で囁いた途端に、咲美の身の火照りと強張りが極まった。夫も同じ期待を抱いていたと知り、安堵しもしたのだろう。強張りは一時的に強まった後、すぐにほぐれゆく。

嬉々と弾む心の赴くままに、夫の手指が妻の薄水色の布越しに潜めく割れ目を撫で愛でた。

「やっ! あ! ああっあふぅっうぅ、駄目ぇぇっ」

言葉で拒みつつも、尻を忙しげに揺するその様からは、本気で嫌がっているようには、とても思えない。おまけに指で押した途端に、熱い飛沫が溢れたのがショーツ越しにもはっきり伝わった。

嘘をつくのが苦手で、恥ずかしがりな癖に、甘え上手な所がある。咲美そのものな感応を前にして、夫の胸内を愛しさが占めてゆく。

「覆い被さって、隠してるから。こっちを向いてる人はいないよ。だから……安心して、僕だけに、エッチな咲美の姿を見せてよ……」

「ふ、うぅ……う、ン……ッ。……うんっ」

頼れる伴侶の申し出を受諾するなり、また、咲美が甘えるように鼻息をこぼした。

愛しき妻の痴態に魅入られて、夫の身にも愉悦の痺れが駆け巡る。ズボンの前面は、肉勃起に内側から押し上げられて、いつ留め金が飛ぶとも知れぬ有様。少なくとも、昂奮に呑まれている智自身には、そう映った。

(もっとだ。もっと、咲美の秘所を見せつけたい……咲美を欲しているあいつ、藪沼が悔しがるような……スケベな様をっ!)

そんな、心の声が届いたわけでは、あるまいが──。計ったようなタイミングで、智の手中の携帯電話が再びバイブ振動した。

「今の……音……?」

驚き、恐る恐るといった様相でわずかに薄目を開いた妻に向け、安心をもたらすための笑顔で、夫が応じた。

「ああ、どっかの広告メールみたい。……ん、気にしなくていいよ」

告げながら文面に目を落とす智の胸中は、先ほど以上の熱に炙られていた。

『奥さんの喘ぎを聞いてるだけで、射精しちまいそうです。湿ったショーツもめちゃエロいっ! 感じやすいアサオカちゃん、最高にスケベです!』

藪沼からのメールだった。記されていた文面に、喉がひりつくほどの怒りと、思わず身を毟りたくなるような焦燥を覚えずにいられない。

(くそっ! 人の妻をAV嬢か何かみたいに、くそぉぉっ!)

怒りの熱と、焦りによる寒気。双方に炙られた肉体に、震えが奔る。

「智……? あ……っ、ン……んんぅんっ」

藪沼などに、渡すものか。もっと、奴が嫌になるほど見せつけてやる。より増した激情に憑かれた智の指腹が、愛妻のショーツ越しの割れ目を下から上へ。上から下へ、忙しく幾度も反復した。

奴に寝取らせる計画を立てておきながら、矛盾している。そうは思えど、胸を衝く激情もまた、同じ占有欲に由来する物であるだけに、鎮める方策が見当たらない。鎮めたいとも、思えなかった。

「ほら。咲美も、触って……」

咲美の右手を取り、張り詰めたズボンの前へと触れさせる。手を取られた瞬間、小さく「えっ」とつぶやいた愛妻の瞳が、手の平で男根の熱と硬度を測り知った途端、見開いた。

「あ……っ、う、嘘。もう……そんな……に?」

潤み湛えた彼女の視線と、声にも滲む悦び。それらに感応して、モジ、と慎ましやかにすり合わさった両腿に挟まれ、智の手に情欲の熱が伝う。

「キス……しても、いい?」

ショーツ越しに感じるクリトリスの芯のある感触。その硬直ぶりと熱のこもり具合を指腹で味わいながら。負けず劣らずの熱のこもった調子で問うた。

今日すでに三度目だというのに、このキスだけは特別だ。占有を知らしめるという意識が生じているせいで、より一層の期待のときめきが、智の胸と股間に轟き渡る。

週に一度の夜の営みや、人目を気にしつつのカーセックスとは比ぶべくもない、ぬるい行為。だというのに、それらでは得られずじまいだった、焦燥感伴う悦びに胸躍らされている。

「……尋ねなくても、いいって……」

言ったじゃん、と言い終えることなく、咲美が瞳を閉じ──かけて、固まる。たった今まで潤み蕩けていた眼が、ただ一点を注視したまま驚愕に見開かれている。

愛妻の視線の先。浅岡夫婦が睦むボックス席の向かいに、女性を伴い立っている男の姿。そこに、一目見れば忘れ得ぬ忌まわしき顔が在った。

「藪……っ」

いつの間に、近寄ってきた。なぜ、このタイミングで顔を見せたのだ。

妻の唇に触れる直前、ショーツの脇から滑らせた指先が蜜の源泉に届く寸前という所で現れた男の名を、仇敵のそれがごとく叫びかけ。智もまた、妻同様の緊迫に呑みこまれる。

そうして一瞬の沈黙が訪れ──。

「やっ!」

ほどなく、事態を呑みこんだ咲美が短い悲鳴を上げ、斜め前の二組のカップルが振り返る。周囲の視線を浴びたことで、急速に理性を取り戻した咲美が、被さる夫の身体を押し退けて席を立つ。まだ性的昂揚の影響が残る身体をふらつかせつつも、咲美は脱兎のごとく駆け出した。

「咲美っ!」

衣服を整えながら遠ざかってゆく妻の後を、智も急いで追う。

店内の人波を縫うようにして追いすがるさなか。冷静さを取り戻した頭で、改めて事態を整理する。

(藪沼は、元々取り決めておいた通りのタイミングで顔を見せた、だけだ……)