ヤブヌマ 侵食されゆく妻の蜜肌

藪沼と咲美の腰使いに対抗するように、手淫の速度も上がっていった。

そんな時間が約七分ほども続き。

──コンコンッ!

突如響いた荒いノック音に、咲美と藪沼が揃ってギクリと身を固める。

『やっ!』

咲美の口から、悲鳴も上がった。

(……遅かった、んだな。何もかも)

己が発したノックであると知っていればこそ、痛感した。妻が嬌態に溺れている中不安と恐怖に押し潰されまいと深酒し、期待にすがって寝室へと戻り、待ちぼうけを食らって、今ようやく藪沼の部屋の扉向こうにたどり着いた、映像の中の自分。その情けなさ、みじめさ。滑稽さ。噛み締めるほどに、痛切が心臓を貫き、嫉妬が煮沸し、手の内の肉棒が喜悦のカウパーを吐きつける。

延々と鳴り響くノック音に乗って、胸の痛みと、肉棒の滾りも跳ね上がっていった。

画面の中の藪沼は、扉向こうの人物を悟ってか、緊張を解き、再び腰を回しだす。

『やっ……はぅ、く、ぅぅん……っ、い、いやっ、今は……ま、待ってぇっ』

じれったさ伴う、小さな円運動。藪沼の三度もたらした罠にまんまと嵌まって、奴の思惑通りの焦れを言葉に乗せた咲美の尻が──ペニスの動きに合わせ、ゆるりゆらゆら、くねり動いている。

『たぶん、旦那だよ』

告げられた瞬間こそ止まったものの、じきに牝尻のくねりは再開し。

『……っふ、ン……ンンッ……ン……ッ』

口に手を当てて懸命に声を殺そうとしていても、彼女の口腔からは延々と甘く、くぐもった響きが漏れ落ちた。

『出なくていいよね?』

フルフルと咲美の首が横に振れる。なびいた髪から香る匂いを嗅ぎながら、藪沼が一度だけ強く、腰を突き上げた。

『んひぃぃっ!』

迸る嬌声。それを契機に、咲美は口を閉じることも、手を当てることすらなせなくなった。

(誰より大切な咲美が、こんなにも大声を出していたのに……気づかなかった。気づけなかった……!)

無力感に打ちのめされるほど、肉棒を扱く手の動きは速まった。圧を強めていなければまたすぐに吐き出してしまいそうで、一度目よりもきつくペニスの幹を絞り上げた状態での摩擦付与。常時であれば痛みが勝ったであろう熾烈な刺激を浴びながら、肉棒は際限なく、甘露の痺れを蓄積していった。

「く、ぅぅっ」

『やっ、はぁあっ』

画面外の夫と、画面内の妻の喘ぎが重なる。

『だってまだ気持ちよくなりたいでしょ?』

藪沼の囁きに首肯できないでいるものの、否定もしない。そんなところまで夫婦で共有する。

『もうちょっと楽しもうよ、ほらっ!』

藪沼が、常の図々しさを如何なく発揮してつけ入ってくる。

『あっ、ひっ、あぁ、だ……ひぁっああああ』

ひときわ強く膣奥を叩かれた咲美の背が反り返り、豊乳が縦に弾む。それを下から掬うようにして手中に収めた藪沼の、分厚い唇がニィと歪んだ。その奴の唇を、ノック音が続くドアから目を離してまで見下ろす咲美の眼差し。蕩けきり、媚びを含んだその煌めきに、今度は彼女自身気づいているだろうか。

(気づいてれば、藪沼に注ぐはずがない。照れ屋の咲美が、あまつさえ大嫌いな男になんて……あるわけが、ないんだ)

夫の記憶の中にある妻であれば、の話だ。夫が引き出せなかった妻の別の顔を、藪沼が──と。意識のふちに浮かべただけでも気が狂いそうになる。その熱を糧にガチガチに張り詰めた肉竿が、雄々しさを誇張するように己が手中でしなってみせた。

画面の中で響き続けていたノック音がやむ。

(馬鹿な僕が、咲美を置きざりにして……淡い期待に情けなくもすがって……)

一階のフロントへと向かったのだ。その間も藪沼と咲美が性器を擦り合わせて恍惚に喘いでいるなどとはつゆ知らず。

乳房を捏ねられ、乳首をつままれた咲美が、イヤイヤをしながらも胸に火照りを集めている。感じ入っているのを隠すため、震える唇を噤みながら首だけで偽りの意思を示しているなどとは、思いもせずに。

『アサオカちゃんのおっぱい最高ッ、マ○コも最っ高だよ! どれだけ食らっても、飽きる気がしないよっ』

吠える藪沼に、同意する。

(咲美でなければ……これほどまでに恋い焦がれ続けられる女で、なかったなら)

きっと禁忌の妄執に目覚めることもなく、平穏な日常を謳歌しただろう。それだけで、満足していられた。

『はぁっ、あぁ……っ、や、ぁ……と、智ぉぉっ』

緩やかにペースを落とした反面ねちっこくなった藪沼の腰使いに喘がされながら、必死になって夫の名を紡いだ、彼女への愛しさが尽きぬゆえに。

(咲美は……事ここに及んでも信じてくれていたんだ。僕の歪な愛情を……愛する人が汚されることで、より滾る、この汚らわしい想いをっ)

信じて、受け入れるために、藪沼に抱かれることを選択した彼女の決意を、夫であり発端でもある自分が受け止められないでどうする。

(記憶の通りなら、おそらく次は……)

予測した通りのタイミングで、藪沼の部屋の固定電話が鳴った。

そしてこれも予想通り。枕元という、手の届く位置に電話が置かれているにもかかわらず、藪沼は出なかった。

『だっ、だめっ、もうっ、やめっ』

不安を再来させた咲美が、また理性の側に引き戻され、拒絶の意思を訴えだす。

『そうそう、そうだっ、腰回すんだ自分で、ほら、気持ちいいでしょっ』