ヤブヌマ 侵食されゆく妻の蜜肌

一見、咲美はいつも通りの、凛とした装いを保っている。

でも、どこか、何かが違った。決定的な何かが。

藪沼と別れて、自宅玄関をくぐってすぐ、咲美を押し倒す。突如の夫の行動に、彼女は文句ひとつ告げず、身を預けてくれた。

狂ったように肌をぶつけ、粘膜を摺りつけ合う。

嫉妬を糧に隆起した肉棒を突き入れるたび。咲美は「もっと」「昨夜のこと忘れるくらい激しくして」とせがんできた。その声に煽られるように、何度も、何時間もぶっ通しで交わった。

──そもそもこのため、互いに愛情を確かめ合うための「寝取らせ」であったのだ。

なのに、どれだけ咲美に放出しても、嫉妬心が潰えることはなく。とうとう勃たなくなるまで射精し続けた後には、ただ、空しさだけが残った。

翌日、藪沼から連絡を受け、会社帰りに渋々訪れた先で、袋を手渡された。

その硬い手触りと、

「見つからないように設置したカメラ複数台をフル活用です。編集が大変でした」

ニタニタ笑いを堪えるのに必死な藪沼の発言で、中身は否応なく察せられた。

昨晩、藪沼の部屋で行われた狂宴が録画された、DVDだ。

これについては、咲美に家を出ていかれる以前に藪沼から提案され、了承している。だが咲美に出ていかれたことで諦めがつき、改めて却下の意思を伝えてもいた。

(それが、今頃になって……)

決して妄執からは逃れられぬと知らしめるかのように、手元にやってきた。

よっぽど突っ返そうと思ったが、確実に処分するなら受け取っておいたほうがいい。マスター記録の破棄も固く誓わせた。

「お好きになさればいいと思いますがね。でも……観て損しない出来栄えですよ」

シシシと笑う奴の、全部お見通しと言わんばかりの態度が酷く癪に障った。

帰宅後。風呂と夕食を済ませ、また嫉妬まみれの愛情確認、激しい情交に溺れた末。先に眠りに落ちた妻に背を向けて──寝間着であるスウェット姿で書斎にこもった智はいつまでも躊躇した。

右手には、藪沼から受け取ったDVDがケースから出された状態で収まっている。

もう二度と咲美を裏切りたくない、という切なる想い。

いくら咲美を抱いても潰えぬ嫉妬の根幹を、この目で確かめねばとの想い。

双方の綱引きに喘がされ、長い、長い煩悶の時を過ごす。

いつ咲美が目を覚まし、探しに来るやもしれぬ緊迫感にも急かされ続けた果てに。

(……僕は)

腰の奥底から噴き上げ続ける肉欲の求めに、負けた。

ノートパソコンを立ち上げ、震える手でDVDを挿入する。そうして間もなく映し出された光景に、瞬く間に惹きこまれていった。

第五章 一夜の真実(第一幕)

『そんなに硬くならなくても。リラックスして。何ならもう少しビールでも』

『いえ……結構です』

DVD冒頭。しばらくは和室の中ほどに座って向き合う藪沼と咲美の何ということもない会話が続いた。

(今なら、まだ……観るのを、やめられる)

とりとめない会話が終わる前ならばと、停止ボタンを押して深呼吸するも鎮められずに結局また再生ボタンを押して続きを観る。この流れを幾度となく繰り返すうちに、映像の中の二人に動きがあった。

『これは私たち夫婦のこれからのために決断したことです。私自身、元々まったく望んでなかったことである、という点。重々ご理解願います』

咲美が言い放つ。とてもこの先どうこうなるとは思えない、毅然とした態度だった。

『もちろん、わかってるつもりだよ。僕たち夫婦だけでなく、スワッピングを経験するカップルは皆、似たような事情を抱えているからね』

応ずる藪沼は余裕綽々。どれほど己の性技に自信があるのか。あるいは咲美を軽んじているのではと思うと、観ているだけで腹立たしい。

『アサオカちゃんが悩みに悩んで決断したことも承知してる。だいたい君の仕事ぶり見てれば、わかるよ。真摯で一途な君が、考えなしに決断するはずもない』

『今回が最初で最後ですので。どうか……手短にお願いします』

理解者を装い摺り寄る藪沼に対して、咲美はつれない態度を貫いた。

『手短に、ね……』

だというのに、藪沼は怯まない。それどころか咲美の纏う浴衣に手をかけ、脱がそうとまでする。

『じ、自分で脱ぎますから!』

弾かれるように身を離す咲美を見る奴の目が、「手短にと言ったくせに」と嘲ってるように思え、画面向こうの奴をぶん殴りたい衝動に駆られる。

そんな、傍観者の心情を当たり前に無視して。

『アサオカちゃん』

『……はい?』

藪沼は、嫌悪を色濃く顔と声に表している咲美に、言い聞かす。

『君が手短に済ませたいのはわかる。ただし、こういうことはやはり感情が伴うんだ。男ってのは案外デリケートにできていてね。相手が嫌々やってるのが伝わると上手くいかないこともある。君は賢い女性だから、わかるよね?』

数秒の間が空いた。その間、咲美が誰との、いつのことを想起したのか。

『……そういう、ものだとは思います』

執拗に勃起不全を演じ、画面向こうの彼女と同じ落ちこみ顔を見てきた智には、嫌でも理解できてしまう。己の撒いた種がしっかりと妻の内に根づいていたと、こんな形で知ることになるなんて──。

──嫌だ。

──これをこそ、望んでいたのだろう?

また、二つの感情がせめぎ合う。