ヤブヌマ 侵食されゆく妻の蜜肌

いつも一緒に入浴する一人娘、智美。三歳の誕生日を迎え、最近、話す言葉も増えてきた愛娘が、妻と二人で賑やかにお喋りしつつ父親の帰宅を待ち詫びている──。想像するだけでも微笑ましく、今すぐ子供部屋へ寝顔を見に行きたい衝動に駆られる。

本当は自分もそこに交ざり談笑したかったけれど、今日ばかりは今抱けている温かい気持ちで満足しよう。頭を切り替えた智が脱衣所へ向かうべく一歩踏み出した矢先。

「久しぶりに夫婦水入らずだね」

照れた様子がよく伝わる声音に振り向かされる。先ほどまでと一転俯きがちとなった妻の照れ気味の笑顔が、目に飛びこんできた。明かりによる陰影の影響か、妙に艶めかしく映る愛妻の表情に、否応なしに惹きつけられる。

さらに風呂へ向かっていたという状況が重なった結果。そういえば──と、不意に智の脳裏にひとつの疑問が生じた。

(咲美と最後に一緒に風呂に入ったのは、いつ……だったっけ……)

少なくとも、智美が生まれてからは一度もない。現在三歳の智美が咲美の胎内にいた時期も、なかったはず。となると、最低でも四年ほどないことになる。

理由としては、やはり智美の存在が大きかったように思う。子が生まれたことで親という立場をより強く意識することになり、結婚前の恋人時代のような浮かれた気持ちになる機会が減った。代わりに、今しがたのように家族があるからこその幸せを噛み締める時間は、年を経るごとに増えてきている。

それは当たり前のこと、という認識でいた。おそらく咲美も同じ認識を有しているだろう、とも思う。

一方で、久方ぶりに我が身に湧き起こっている感情の正体、無意識に目が妻の胸や腰に向かってしまう理由にも思い当たり、智の口からため息が漏れた。

カットソーとエプロンを押し上げている双丘は、夫の手にやや余るサイズ。大き過ぎず、かといって物足らなさを感じもしない、夫の理想にぴたり合致した美丘だ。それが咲美の息遣いに合わせてわずかに上下している。

釣られて動く夫の目線と、乱れ始めた吐息を、咲美はどう見ているだろうか。妻の視線を意識するほど、昂奮に手がつけられなくなっていく。

「智?」

脱衣所へ向かっていた足を止めたまま動かない夫の様子を訝しみ、咲美が顔を覗きこんできた。

「どうしたのよ、急に立ち止まって」

その不思議そうな表情からして、妻がそういうつもりで二人きりの時間を意識させたのではないのは一目瞭然。

なのに夫の視線は、自然と新たな性的ポイントへと走っていった。ジーンズのデニム生地をむっちりと押し上げる愛妻の尻と太腿を凝視する。産後から肉感の増した腰つきに指を食い入らせた際の感触、それに伴う彼女の感応。かつては恋人として、今は夫として、数えきれぬほど味わってきただけに、容易に想起できてしまい、知らず知らず鼻息が荒ぶる。

(……そういや、先週からしてなかったな)

先週の土曜の夜。今と同じくらいの時刻に寝床に夫婦揃って潜り、いざ、というタイミングで智美が起きてきて愚図りだし、有耶無耶になってしまったのを思い出す。

以来一週間、夜の営みはご無沙汰だ。それ自体は、ここ数年の夫婦生活において珍しい事態ではなかった。

夜暗がりの陰影が奇跡的に嵌まって咲美の顔に描いた艶を、偶然目にしていなければ、今夜も風呂と食事を済ませ、団欒に興じた後は疲れを理由に就寝していたはず。

(今、咲美に、一緒に風呂に入ろう……って告げたら、どんな顔するだろう)

夫の言わんとしている真意を察してくれるだろうか。察してもらえたとして、同意してもらえるだろうか。

肉体の疲弊ぶりとは裏腹に、期待をこめた鼓動を始めた心臓に急かされながら考える。その間も、智の目は咲美の身体に釘づけとなっていた。

夫の腰遣いに合わせて紡がれる嬌声の心地よき調べ。揉み捏ねる乳房の柔らかさ、熱、弾力、ひしゃげたフォルム。突き出された夫の腹や腿と、受け止める妻の尻や腿。双方がぶつかって打ち鳴らされる、肉の弾けるような音色。そこに付随する汗と愛蜜の香りに至るまで。

果たされれば二週間ぶりとなる情事を妄想して、心は着々と期待を蓄積し続ける。

一方で、帰りの遅かった夫を待ち続け、娘の面倒を見てくれてもいた妻の疲れを気遣う気持ちが、性欲任せの行動に傾倒しようとする肉体にブレーキをかけてもいた。

言い出そうか、やめようか。

「あ、あのさ。咲美……」

決めあぐねたまま愛妻の名を呼んだ、智の眼前で。

「こ~ら。どこ見てんだ」

妻はあどけない笑顔を保ったまま、夫の胸へ飛び入るなり、上目遣いに覗きこんでくる。その一連の挙動にまた、夫の胸は高鳴る。

次いで、寄り添う咲美の肉感が伝わり、男根がいよいよ反応した。

「さ、咲美っ? 急にどうしたっ」

就労による蒸れも相まって、ペニスを解放したい想いに囚われる。それでも理性が勝り、平静を装い──果たして装えているかハラハラしつつ──妻に意図を問う。

「どうした、はこっちの台詞ですぅ。ぼうっとしてぇ」

しどろもどろの夫を前に、むくれっ面になった妻が言う。それから、また一転。

「……早くお風呂入ってご飯食べないと、時間……なくなっちゃうよ?」

拗ねた様子と甘えた雰囲気。恋人時代には毎日のようにベッドの中で眺められていたそれらを携えて、夫の袖を掴み、妻が告げた。