ヤブヌマ 侵食されゆく妻の蜜肌

咲美と藪沼の肩が触れ合っているのを見ているだけで、胸が焦げ朽ちてしまいそうだ。なのにその胸の中枢では心臓が忙しのない拍動を轟かせ続けてもいる。それを心地よくも、恐ろしくも、どちらとも感じられる実情が、智の怖気と恍惚を一層誘った。

(……そう、だ。この、感覚だ……っ)

徐々に息苦しくなる中で、つくづくと実感した。禁忌の妄執に耽る際、それを餌に自慰する際、そして妄想を現実とするために策を練っている時にも体感してきたのと同種の物。心身を蹂躙し続けるこの歪な昂揚こそ、求めてやまぬ甘露の塊。

(咲美は僕の嫉妬を煽るために、僕のことを想って藪沼にさらに肌を寄せるはず)

自分が愛されているという実感と、彼女が奪われるかもという焦燥。二つ同時に味わえるシチュエーション。いくたびも思い描いては自慰に耽ったそれが、脳内で貪る他なかったそれが、もうじき現実のものとなる──。

困り果てた咲美が夫に助けを求めるような視線をよこす。すがったその人物こそがすべて手筈を整えた黒幕である、などとは知る由もなく、ひたすら純粋に、妻は夫のことを想い、嫌悪も、不安も己の内に押しこめようとしている。

(……ごめん、咲美)

期待の昂ぶりが勢力を増したために、まだ踏ん切りのつかないでいる彼女に救いの手を差し伸べる機会を、自ずと失った。ごくごく小さな勢いに留まった胸の痛み、ざわつきに目を瞑り、ただ惑うだけの夫を演じ続ける。

(……今です)

「奥さん、こんな風にすればいいんですよ」

罪深き男の目配せに従って、桂子が重ね合わさった手を持ち上げ、咲美に見せつけた。夫が自分以外の女性と手を繋いでいるという事実を突きつけられた咲美の瞳に、明らかな嫉妬と怒りが覗く。

見る間に激情を顔に浮き上がらせた咲美を嘲笑い愉しむように、桂子は指と指を絡め、より強く握り合った所を見せびらかす。

「アサオカちゃん、出来そうかな?」

間を置かず、藪沼が自らの太腿の上に掌を上向きに置いた。その意図を即座に察した咲美の身体がひと際の強張りに包まれ、ぎくしゃくとする。

事の推移を睨む智の心臓が、破けるのではと思うほどの早鐘を打った。

咲美の大嫌いな男。粘着質なセクハラ親父。その藪沼の手が、咲美の手と重なろうとしている。

(……嫌だ! や、やめっ)

激しく渦を巻く嫉妬心と占有心が、よっぽど喉から吐き出そうになった。なのに胸の鼓動が伝染したかのように、重たい脈を、腰の芯が打ち鳴らす。それに驚き固まった腰が、ソファーから離れることを拒絶する。

その、直後。一瞬だった。

何か開き直ったような素早い動きで、藪沼の手に、咲美自らが白く柔らかな掌を乗せた。

現在の妻の心境を、智はこみ上げる吐き気と戦いながら紐解く。

もたもたすると、かえって妙な空気になる。それが嫌で、咲美は踏ん切りをつけたのではないか。その証拠に、咲美の瞳はクルクルと明らかに挙動不審だ。

咲美の動揺がダイレクトに伝わったことで、智の胸内にまた新たな勢力──妻へのいじらしさが芽吹き、見る間に膨れ上がった。

(今、僕の目の前で起こってることは全部、事実。現実なんだっ……!)

妄想ではなく事実。そこを強く認識するだけで、かつてないほどの衝撃が胸にのしかかる。咲美の秘部に藪沼の野卑なペニスが挿入され、乱暴に犯される──そんな妄想に励んでも終ぞ得られなかった熾烈な拍動に、心臓が呻く。

同じリズムを刻むズボン奥の男根には、胸の苦しみとは真逆の喜悦が詰めこまれていった。肉幹を駆け上っていく滾りが、より一層の硬直を促す。

「……っ、は……。……っ!?」

咲美に気取られぬようにと、苦しげな呼気をそっと吐き出した矢先。ふいに肩に重みを感じる。目を向けて、智は重みの正体を知った。

桂子が頭を預けてきたのだ。咲美とは違う、きつめの香水の匂いが鼻を衝く。またも自分以外の女性が夫に触れ合うのを直視する羽目となった咲美の目が泳いでいる。緊張と昂揚に呑まれた智もまた、正面の咲美とまともに視線を交わせずにいた。

「できますか?」

一人ニタニタと笑みっ放しの藪沼が、咲美の耳元で囁き、己の妻と同様の行動を促した。また咲美の瞳が夫に助けを請い、無言の数秒が経過する。

そして──諦めたように肩を落として、咲美が藪沼の肩に頭を乗せた。

「……ッ!!」

ドクン、と盛大に拍動する胸を思わず押さえながら、智は一秒たりとも見過ごすまいと血走る目で注視する。胸に当てた手を、咲美に気取られぬように早々に下ろしてから、少しでも身を落ち着かせようと深呼吸を重ねた。徐々に心拍が落ち着くに従って、今度はもう一つの熱源──股間の漲りをひと際意識させられる。

「どうです、ご主人?」

咲美の頭の重みを肩で味わう藪沼が、勝ち誇ったような物言いで問うてきた。

──それは僕のものだ!

卑しい占有欲が喉を衝きかけたが──。

「っは、ぁぁ……っ……!」

股座に奔った喜悦の疼きのせいで、言葉はすんでの所でとどまり、間もなく喉奥へと滑り落ちていった。

「あら。まぁ、まぁっ。奥さん、お喜びになって。旦那さんの股間のもの、もうすっかり元気を取り戻してらっしゃるわ」

ズボン越しに勃起へと覆い被さった桂子の掌が、摺り蠢く。その都度、股間に巡るもどかしい疼きに耐えかねて、智の口から煩悶の呻きが吐き漏れた。