ヤブヌマ 侵食されゆく妻の蜜肌

(藪沼に、乳を愛撫されて……っ)

すぐに弱点を暴かれ、攻められるがまま立ち尽くしている。逃げ出さぬ獲物をしゃぶり尽くす勢いで男の指が這い回り、その都度妻の声のトーンが一段、また一段と昂ぶってゆく。

──ただの生理反応だ。成熟した女であるのだから、たとえ相手を忌み嫌おうとも、それは仕方のないことなのだ。

──すなわち、誰相手にも感じ入れるスケベな肉体を持ってる、ってわけだ。夫である僕でなくても、咲美は……。

妻を信じたい、擁護したい自分がいる。一方で、彼女の淫乱さを夢想してやまぬ自分も、確かに存在する。矛盾を孕む二者が、共有する心と身体の主導権を握るべく、熾烈な綱引きを繰り広げているのだ。

『安心しなさい。力抜いて』

咲美の耳朶に囁きかける奴の口元は、平素以上に締まりがなく、ひと際醜悪に映った。だが、だらしのない顔とは対照的に、奴の手管は巧みだった。

『んっ! や、ぁ……待っ、は……んぅ……うぅ……」

『ほら……少しずつ、少しずつ……膨らんで、硬くなってきた……』

無遠慮で、無神経な日常の様からは想像もつかない、節くれだった太い指に似つかわしくもない、不気味なほど繊細な動き。

咲美の反発を警戒して一挙に攻めこまず、かといって性感を煽る手を止めるでもない。絶妙の加減を状況に応じて使いわけるその手腕で、性的に初心というわけでは決してない咲美を見る間に追いこんでゆく。

奴の肩や腕の挙動に合わせて咲美が身じろぎ、その都度、反り気味の背に浮いた汗が滴った。

男の言葉を信じるなら、すでに妻の乳首は勃起しているのだ。なんとか声を出すことだけは堪えているけれど、その内実は性的昂奮のるつぼにある。

──嘘だ、信じるものか。早く、そのいやらしい手をどけろっ!

──くそっ、見せろ! 身体をずらして、こっちに見せろよ! この期に及んで、想像するだけじゃ満足できないんだよっ!

別個の理由に由来する苛立ちが二つ。競るように全身を巡った。先に腰の芯へと到達したのは──後者。

『……ン……ッ……』

咲美がとうとう、うっとりと惚けるような溜息を漏らしたのは、直後のことだった。背けられたままの妻の顔は、火照りに染まっている。

(あれだけ嫌ってた男に弄られてるのに……まだ、たった数分、なのに……そんなに、奴の手と指が好い……のか!? そうなのか咲美っ!)

恋人として、夫として、積み重ねてきた時間を、瞬時に上回られた気がして、悔しさと嫉妬が煮沸する。問うたところで返事が得られようはずがない、それがまた、余計に疎外感を孕ませた。

『よしよし、いいよ、身体預けて』

なのに、身のままならなさを嘆きながら妻が藪沼に従ったのを視認した瞬間。背に奔る悪寒、胸の呻きを共に凌駕する、雄々しき脈動が傍観者の股間に迸る。

眩暈を伴うそれは紛れもなく、禁忌の妄執に漏れなく付随する、忌まわしくも狂おしい肉衝動。妻が他者に汚される、そんな歪な事態でしか得られぬ、卑しき欲熱。

──最低だ。

──ああ、最低だとも。

初めて合致した、内なる二人がほくそ笑み合った。

瞬きひとつせず食い入る夫の瞳に、なおも続くねちっこい愛撫の様子が映り入る。

藪沼の右手が、触れるか触れないかのソフトタッチで乳輪をなぞり、乳頭を優しく撫で、悪戯するように小さく乳首をつまむ。いずれも焦らす思惑たっぷりの愛撫だ。

声を堪えるので手一杯の咲美は、大した抵抗もなせず、男の罠に嵌まってゆく。その有様は、獰猛な肉食動物の前で震えることしかできない兎かなにかを思わせる。

子細は僕の妄想──そう思えども、映像の中の咲美の煩悶ぶりが、当たらずとも遠からずであると、現実を突きつけてくる。

藪沼が大きく乳房全体を揉み上げたあと、再び人差し指で素早く乳頭を弾いた。

『くふ、ぅぅんんっ』

反射的に紡がれた甲高く、甘い轟き。それが、妄想と現実の乖離が限りなく少ないことを裏づけた。堪らず藪沼の肩を抱いた咲美の唇が、ハッ、ハッと乱れた息を吐きつける。目尻に涙の浮いた瞳が半開きの状態で呆然と画面の方に向いていた。

──僕に助けを求めているのか!? 君を裏切り、送り出した、僕に……。

──感じ入って、目が泳いでるんだよ。奴の虜になり始めてる証拠だ。

期待と自虐が入り混じり、罪深き夫の股間が天を衝く。

人の妻を易々蕩けさせる藪沼への嫉妬心が、渦を巻く。

負けたくない。だからこそ、見届けてやる。冷静であればあり得ない想いに憑かれて、再度目を凝らす。奴の右手はまだ咲美の胸元で蠢き続けていた。

(もう片方の手は? どこだ……)

ニィ、と口を歪めた藪沼が、抱いた女体ごと数歩後退する。まるで視聴者の意図を察したかのようなその行動により、ついに咲美の下肢が画面上に露わとなった。

「なっ……!」

真っ先に目に留まったのは、もじもじと揺らぐ両腿。次いでその上で震える桃尻に目が向かう。その、さなか。

尻の下からにゅっと突き出てきた、節くれだった太い指に目が留まった。これ見よがしに指を突き出して、咲美の内腿を掻き混ぜるように撫ぜ。

『はぅっ、ぁ、やぁっ、だ、ぁぁっ』

咲美の口からとろり滴る艶声を引き出して、股向こうに消えた、藪沼の左拳。

(いったいいつから……くそっ! 僕が、咲美の胸ばかり気にしてる間に、奴は)