ヤブヌマ 侵食されゆく妻の蜜肌

恋人時代の交わり、夫婦としての性生活。その中で数知れず見てきた過去の彼女の、どの媚態よりも、今、目にしている姿が群を抜いて艶めかしい。安息の表情とはまた違う、妖艶なる笑みを湛えた妻は、美しかった。

『最後の一滴まで、出すから……んっ……そう、搾り取って、マ○コで啜ってっ、ああ……いいよ、最高のマ○コ穴だよ……アサオカちゃぁん……』

未だ射精中であることを示す男の言動に煽られて、手淫に耽る手が止まらない。すでに煙も出ない有様だというのに、手中の肉竿が壊れたように脈を打ち続けている。

『んむぅ……ちゅ、んっふ、んふぅぅっ』

再び切り替わった画面上で、咲美は藪沼に求められるまま、唇と舌をしゃぶられて──否、しゃぶり合っている。

それを目に留めた瞬間にまた、弾切れの肉竿がけたたましく脈打ち、悦の波の高みへと強制的に押し上げられてしまう。

熱未だ冷めやらぬ男女が四肢を絡め、舌を絡め、肌を擦りつけ合いながら、ゆるゆると腰を揺すって、絶頂の余韻を堪能している。

そのさまを最後に、映像は唐突に終了した。

編集済みでも二時間余という長尺の映像を夜を明かす覚悟で見終え、三度の自慰射精も経た心身は疲弊の極致にある。

映像の中の男女と違い、自慰によるものではあったが、陶酔の余韻は未だ色濃く、卑しい股間を中心に居残り続けていた。それに浸り続けつつも、ぼんやりと後のことを思案する。

「……片づけて、寝室へ戻らなきゃ……」

彼女は、隠し撮りされていたことなど知らない。一夜の秘匿と思い曝した痴態の大半が、夫の目に触れたなどとは思ってもいないのだ。

事が知れれば、人一倍羞恥心と正義感の強い妻が、罪悪感に押し潰されてしまいかねない。

咲美に寝取られ妄想が知れた結果、事態が混迷した時のように。もう二度と夫婦の関係にひびを入れたくはなかった。

(だから……これは僕だけのもの。他の目に触れないように秘匿し続けなくちゃ、いけないんだ……)

萎えぬ肉棒が訴えかけてくる。

──また、種を拵え、充分蓄えた時分に観返そう。

「ああ……」

禁忌の味から、逃れることは叶わない。知らなかった頃に戻れなどしない。この卑しき妄執と折り合いをつけてゆく他、ないのだから──。

「ごめんよ……咲美」

己の身勝手を悔いるほどに、肉の竿が疼き、反り上がる。根幹にあるのが「妻への愛情」である限り、忘れられようはずもない。

床に散った薄い精子を拭き取りながら、何度も、何度も。夢の中にいるだろう妻への懺悔を重ね、映像の内容を反芻する。

罪深き肉竿は、間もなく四度目の自慰絶頂を迎えようとしていた──。

第七章 忘れじの蜜

温泉旅行から二週間が過ぎ。

智は、日々平穏を妻と共に過ごせることに、何よりの喜びを見出していた。

(咲美は今日も朝、営業の仕事に出る僕を笑顔で送り出してくれた)

それから娘の智美を幼稚園へと送り届け、炊事以外の家事を朝の内に片づけて、昼前にはパートタイマーとしてスーパーストアに出勤する。

(一日中動き通しで、なのに笑顔絶やさぬ妻の頑張りに報いたい一心で、僕も身を粉にして働く)

彼女が一度出て行ってしまう前と、何ら変わらない平穏で、平凡な日々。当たり前に感じていたそれこそが掛け替えのないものだったと、今なら自信をもって言える。

それもこれも、禁忌の妄執に起因する騒動があったればこそだと、日が経つにつれて、前向きに捉えることもできるようになっていた。

旅行後の二、三日は気まずく、あまり夫婦間での会話もない時間が続いた。それを思うと余計に、夫婦つつがなく過ごせる幸せを実感する。

温泉旅行は思わぬ副産物も生んだ。夜、ベッドで咲美に時々悪戯っぽく尋ねるのが、この上ない昂奮剤として作用したのだ。

「怒んないで、答えてくれる?」

「うっ、うん、なぁに?」

妻はいつも決まって冒頭、躊躇いがちだ。また例の話かと呆れつつも、その後に訪れる我が身の変調を自覚しているだけに、早々に羞恥で頬を染めているのが常だった。

「旅行の夜、あいつの部屋で明け方までずっと寝てたって。本当に本当?」

すでに定型句となった台詞を、今宵も夫の唇が紡げば。

「もうっ、またそれ? ほんとに酔い潰れて寝てたんだからねっ」

妻もまた、お決まりの返答。そして決まってもじもじと裸身を摺り寄せてくる。

彼女の嘘ににじむ気遣いが、嫉妬と愛情を同時に揺り立てるのも、お決まりだ。咲美を求める気持ちが天井知らずに高まり、愛撫とピストンにも熱が入る。

咲美も、羞恥を煽られて、平素以上の乱れぶりを披露する。忌まわしい記憶を忘れさせてと請うように、夜毎熱烈に夫を求めてくれた。

結果的に夜の営みの回数は増え、密度も上がり。「そろそろもう一子」なんて話も飛び出すほど、夫婦仲は良好を保っている。互いの愛情を再認識し合えた分、より絆が深まったといっても過言ではない。

その一方で、一人になれる時間があると、藪沼より譲り受けたあのDVDを再視聴せずにはいられなかった。

(これを観ることで、僕は咲美を失う恐怖を忘れずにいられる。より強く咲美に恋い焦がれる男で在り続けられる)

一夜だけの過ち、という安心感があればこそ。歪な恍惚に耽る時間は、妻と実際に睦む時とは別種の悦びを孕む。