『だっ! だめっ、出ちゃうぅぅぅっ』
それに終いをつけたのも、泣き声に限りなく近い妻の叫びだった。
『ほぉらっ、イっちゃおうっ!』
藪沼の手指がひと際深く咲美の蜜壺を突き、喋り終えた唇が右乳首を強く吸った。いずれも、むしゃぶりついてすぐに容赦のない責めに徹する。
藪沼の左手に揉まれながら、汗と熱と汁にまみれた臀部が、縦に大きく弾む。その一瞬後には硬直し、声を迸らせた。
『あっ、ああああああああっ』
長く、細く、震えるような、咲美のオルガスムスの声だった。
同時に透明の飛沫が、股下に飛び散ってゆくのも視認する。止め処もなく湧き出る泉のごとく、キラキラ吹き上げるそれを網膜に焼きつけながら。罪深き夫は、咲美の嬌声がやむまで、画面を注視し続けた。
そうすることが、今できる唯一の愛情の示し方だと信じて。
2
「はっ、は、ぁっ……は、ぁぁっ」
気づけば、プレイヤーの一時停止ボタンを押していた。
いつの間にか右手が自らの股間に這っていたのに気づき、慄然とする。
右手の触れているスウェットの股座には、黒々とした染みが形成されていた。愛しき妻が他人の手で絶頂を極める姿を傍観しながら、トランクスはおろかスウェットにまで浮き出すほどの大量の我慢汁を漏らしたのだ。
「……僕は」
とことん最低だ。羞恥と失望に呑まれ、幾度目とも知れぬ自虐に浸る。
一時停止した画面上では、今の自分と同じように羞恥と情けなさに溺れた愛妻が、藪沼の頭に寄りかかるように前のめりとなり、絶頂直後の尻を抱き締められていた。
(あんなにもあっけなく、潮まで噴いて)
愛しき妻が、藪沼によって絶頂へと導かれた。その一連の流れ、まるでアダルトビデオのワンシーンのごときそれが、今、同じ屋根の下で寝息をたてている、性に関して奥手な、我が妻咲美の痴態であるという事実。受け入れるにはあまりに重い、しかし受け入れざるを得ない現実が、今も目の前で再生の時を待っている。
熱病にかかったように、虚ろな目つきと手つきで、パソコンのカーソルが目的地に向かうのを追った。一方で、深呼吸をし、少しでも体調を整えようと努力する。
──でないと、この先には耐えられそうもない。
──できるだけ長く、甘露を味わいたいものな。
半分意識が飛んだような状況で、再生ボタンを押す。
心臓の早鐘は、一向に治まる気配がない。頭に上った血と、腰の芯に漲る血潮もだ。鎮めるすべは、きっとこの先の映像にしかないのだ。覚悟を決める他、なかった。
藪沼が編集作業に手間取ったと言っていたのを思い出す。その言葉通り、再生された映像はすぐに場面を切り替え──。
3
画面上に、共に全裸の男女の上半身が大写しとなる。敷布団の上に仰向けで寝かされた咲美の上に、向き合う形で藪沼が覆い被さっていた。
カメラが目一杯ズームアップしていて、二人共胸から下は窺えない。それが余計に、夫の焦燥と妄想に火をつけた。
代わりに、上半身の様子は双方とも細部まで見定められた。咲美が、汗の浮いた胸を上下させている。玉の粒となった汗が、未だ荒い彼女の息遣いに乗じて、双乳の谷間や、腹部の方へと流れ落ちていった。
ようやく、一部とはいえ正視できた愛妻の裸身に、目を見張る。ピンと張ったままの勃起乳首。そこを濡れ光らせている藪沼の唾液。次々見つかる愛撫の痕跡に、煽られた嫉妬の炎が燃え盛る。夫以外の男に昂らされた彼女のさまが、悔しいが今まででもっとも艶めかしく、美しく彩られているように思えてならない。
柔らかな咲美の茶髪を馴れ馴れしくも掻き上げて、震える彼女の耳元へと口を寄せた藪沼が何事かを囁く。囁きの内容は、ボリュームを上げても聞き取れず。代わりに目を凝らすと、藪沼の身体がかすかに揺れているのがわかった。
「……ッッ!」
まさか。もう、挿入されてしまっているのか。最悪の想像をした瞬間から、胸の苦しさが一段と増した。息苦しさを堪えて耳を澄ます。かすかに淫靡な水音が聞こえた。最悪の想像が、ひと際の現実味を帯びてゆく。
『聞こえるね?』
藪沼が咲美に囁いた台詞が、自分にも向けられているようで、強張りきっている心臓が痛々しく弾んだ。
『もう、素直に楽しむ気になろう、アサオカちゃん』
腰を振りながら囁く奴の言葉に、咲美は応答しない。ぎゅっと口を結び、目を瞑ったその様子は、ただただ時が早く過ぎ去るのを願っているようにも思われた。
『理性は驕り、本能こそ自然なり……。ハハハ、今のは僕の考えた格言。自然な本能を拒否することこそ、むしろ汚らわしい。そうは、思わないかね』
そのような御託を受け入れる咲美ではない。
だというのに、胸の奥から押し寄せるこの不安は何なのか。
ただただ傍観することしかできない夫の心の内を見透かしたように、カメラがまた引きの構図に変わった。
『ほら』
そうして、誇らしげな藪沼の口振りと共に、絡む男女の全容が露わとなる。
咲美の秘唇──先刻、藪沼の指と唾液でたっぷりと愛撫された女性器が、ひっきりなしにヒクついていた。まるで物欲しげに喘いでいるかのような、その股唇が時折ピンクの内粘膜を覗かせる。
それだけでも悔恨と嫉妬と、性的昂奮が強烈に煽られるというのに。
ガチガチに張り詰めた藪沼の剥き身の陰茎が、我が物顔で咲美の股肉に摺りついていた。その喜々としたヒクつきぶりと、優悦にまみれた奴の表情とが、瞼裏に張りついて剥がれない。