(このままで、いい。これで)
よそとは少し違うが、自分たちなりの幸せの形を、ようやく手に入れられた。妄執に、一番良い形で折り合いをつけられたのだ。それはもう二度と揺るぐことはないと、思っていた。
2
日曜日の朝。
「じゃあ、行ってくるね」
「いってきまーす」
実家に向かう妻と娘を、パジャマ姿で送り出す。本来は親子三人で伺うはずだったのだが、風邪を引いてしまい、急きょ一人で留守番することになってしまった。
「ちゃんと寝てなきゃダメだよ。……夕方には戻るから」
さっきまで「やっぱり実家行きは取りやめて、看病した方がよくない?」と気遣ってくれていた妻。彼女の念押しに頷きながら、愛されている実感を噛み締める。
「大丈夫だって。子供じゃないんだから」
──すぐに元気になって、また明日から君と智美のために頑張るから。
照れ臭くて言い出せない台詞の代わりに、眼差しと微笑に恋慕を乗せて伝えた。
「うん。じゃあ」
頷く咲美も、安堵したような笑顔で応じる。
「じゃあっ」
母を真似る娘の仕草が愛おしい。
大切な二人が、玄関から去り、最寄り駅の方向へ歩いていく。その背を見送りながら、熱のせいではない温みが心身を満たすのを自覚した。
咲美の実家までは、電車を使っても片道一時間ほど。
(咲美のご両親、智美に会うといつもべったりで、なかなか離さないからな)
その溺愛ぶりを鑑みるに、咲美は夕方には戻ると言ったが、きっと引き留められるだろう。もしかすると夕飯を食べてくることになるかもしれない。
(いや、咲美は)
帰ってきてくれる。約束を違えるのを厭う性格であるし、それに──。
(今晩も、約束してるもんな)
排卵周期を確かめた上での、約束だ。智美に弟か妹を、と以前藪沼の細君──桂子が口にしたことがあったが、それが現実となれば、家族の今後はより明るい。確固たる絆がまた一つ増えることで、睦まじき日々をより楽しく過ごせる。
確信を得て戻った我が家は、一人きりではあったが、暖かかった。
まだ妻と娘の痕跡が多々残る室内を見渡し、歩む間も。看病してくれていた妻の匂いが濃く残る寝室のベッドに入る際も。一縷の不安もなく、ただただ胸に詰め込んだ幸せに浸っていられた。
──昼。物音がした気がして玄関に出る。誰もいなかったが、ポストの蓋が持ち上がっているのに気づき、中を確かめた。
出てきたのは、茶色い包み。触れると、ろくに梱包もしてないようで、中身の硬い感触がダイレクトに伝わった。これが引っかかって、ポストの蓋が閉まらずにいたのだ。包みの表面に書かれた宛名は「浅岡智様」。
「僕宛……? 誰から……」
表裏、目を走らせるも、差出人の表記はなかった。そもそも、まだ郵便局員が配達に来る時間でもない。一抹の不安が、黒い影となって胸に差しこむ。
手中の硬い感触。茶色の包み。いずれも、例のディスクを受け取った際と同じだ。
急速に募る胸の疼きを押し殺して、一目散に書斎へと走る。そのさなかに破り開けた包みの中身は──DVDの収まったプラケース。ディスクも、ケースも、やはり前回と同じ品物だった。疑念が、九割がた確信に変わる。
(どういう、ことだ!?)
発熱によるダルさなど、気にもならなくなっていた。悪寒に震えた背を厭いつつ書斎に駆けこみ、もたつく手指でなんとかノートパソコンの電源を入れる。そして、逸る心拍が堪えきれずに吐息となって次々漏れる中、新たなDVDを挿入した。
すぐに動画再生ソフトが立ち上がり、映像が開始される、その、内容は──。
3
木調のテラスに設えられた檜作りの桶。その内になみなみ溜まった湯が、湯気を立てている。見覚えのある光景だった。
二週間前に泊まった宿の、各室に備えつけられていた小露天風呂だ。まだ記憶に新しいだけに、すぐわかった。
(僕に洗い流してと約束して藪沼の部屋に向かった咲美は、結局四時過ぎに戻ってきて、それから一人でこの小露天風呂に入った……)
裏切られた、というのではないが、安堵に切なさが勝ったのを今でも覚えている。二週間前の夜の感情が、記憶と共に再来して、改めて苛んでくる。
「咲美……」
見つめる先の画面には、当然のごとく愛しき妻が映し出されていた。
画面中央、手前に映る風呂桶のすぐ先に正面を向いて座っている。風呂桶と同じ檜作りの椅子に腰を下ろしている彼女が、やはり檜作りの手桶に注いだ湯を自ずから広げた股へとかけ流している。
そこまでなら、あられもない妻の姿勢と股座に目を奪われつつも、ただ身を清めているだけなのだと、良心的解釈をすることもできた。
『ん……っ、ぅ、んんっ……』
しかし、彼女の口唇は悶えとも、いきみともつかぬ響きを漏らしている。その響きに合わせて、自身の手指で開いた膣口より覗く粘膜──三度の性交を経て赤みの増した粘膜を、穿っていた。
『早く……掻き出さないと……』
膣内から掻き出すもの。選択肢は多くなく、中でもっとも可能性の高い選択に、前のDVDを記憶するほど観ているだけに、即座に行き当たる。
『このままじゃ、智の顔……見れない……』
続けざまの言葉に続いて、妻の唇が小さく『んっ』と喘ぎを発した。それと同時に、穿っていた指が抜き出される、指に絡みついて出てきた液体は、白く濁っていた。咲美の愛液とは濃度の違う、その液体を見て、得たくもなかった確信を得る。