ヤブヌマ 侵食されゆく妻の蜜肌

時を同じくして、待ってましたとばかりに上体を起こした藪沼が、咲美の上半身をも抱き起こし、引き寄せる。

『う、んッ……んっ!? ん───っ』

絶頂さなかで震え通しの、唾液に濡れた咲美の唇を、奴の分厚いそれが覆い、吸い立てる。不意打ちのキスに、画面内の妻と、画面外の夫、双方共に、目を見開く。

咲美とは特に約束していたわけではない。

しかしそれだけは不文律だと、信じていた。

(キスだけは。身体は許しても、キスだけはないと……)

不意を打たれて防ぎきれなかったのだ。藪沼の卑劣さをなじりこそすれ、咲美を責めるのはお門違いだ。頭ではそう思えても、防波堤を突き破られた心が受け入れられないでいる。夫婦生活の中で築き上げてきた信頼が、砂上の楼閣のごとく崩れ去ってしまったのを知覚して、涙が後から後から溢れ出た。

濡れた眼で見つめる画面上では、咲美の舌が、貪るように吸われている。絶頂直後の忙しのない脈拍と、接吻による息苦しさが相乗し、訪れている切迫感に耐えかねて、怯えるように縮こまる咲美の舌先を、擦りながら藪沼が啜っていた。

そのまま舌を絡め、唇をしゃぶり尽くし、繋がった彼女の口内に唾液を流しては掻き混ぜ、そしてまた舌を吸う。

飽くことなく咲美の唇を蹂躙する藪沼の腰は、なおも突き出されたまま。咲美の膣内にペニスを根元まで埋めて、おそらく一度目と同様の濃度、密度を保った白濁色の種汁を、膣内に放ち続けている。

咲美は──抗わなかった。うっとりと惚け通しで、尊い唇を、生殖器官をも差し出してしまっている。

それは、藪沼の長い吐精が終わり、引き抜けた男根から外されたゴムの中にたっぷり詰まった白濁汁を、欲するように咲美が見つめた、その瞬間も変わらなかった。

忘我の境地で、なれど自慰の手だけは休めず動かし続ける男の見つめる先で、また場面が切り替わる。

粘膜が擦れ合い、愛液を絡める、卑猥な音色が響いてくる。

『ふぅ~~~っ』

えびす顔で溜息をつく藪沼が、敷布団の上に腰を下ろし、両の足を投げ出していた。

その間に寝そべった咲美の、まだ濡れた唇が、藪沼の股座へと接着している。

剥き身のペニスにフェラチオする咲美と、それを受けて恍惚とする藪沼のさまが、右側面から映し出されていた。

「それは好きじゃないって……言ってた、ろ……咲美ぃっ」

切なく漏れた夫の声が画面の内の妻に届くはずもない。

ゆっくりと上下する口元からまたも、ずぞぞ、と卑猥な音が響き渡る。そのリズムに乗って、咲美の背筋が震え、溜まっていた汗が滴り落ちていく。布団の上で潰れている彼女の乳房が、唾を飲むタイミングで、やはり汗をこぼした。

『そうそう、もっと吸い上げてくれるかな』

『ふもぉっ……うぅ』

咲美は眼を閉じ、肉棒を頬張ったままでわずかに頷き、藪沼の指示に従う意思を示す。眉尻を垂れ下げ、まつ毛を震わせている様子からは、ひと時の我慢と引き換えに行為を少しでも早く済まそうとの意思も透けて覗く。

──が、頬をへこませて目一杯吸引する姿を目に留めた瞬間。妻への憐憫も、哀切もあえなく霧散した。

『ん……ぢゅ、ぅっ! ぢゅっ、ぢりゅる、ずぢゅぢゅうぅっ!』

まるでひょっとこのように突き出された咲美の唇が、頭の前後運動に合わせて、めくれ上がり、また吸いつき、染み出た己の唾ごと啜っては卑猥な響きを吐き落とす。

男の性感を引き出すためだけに顔を崩すさまは、滑稽でありながら、底抜けに淫猥だった。一度見たら二度と記憶から剥がれないだろう、その表情を浮かべた妻を、今初めて、画面越しという形で目にしている。

哀しむべき状況で、ひと際昂揚した肉の竿が猛り立つ。まだ何発でも放てるというように、画面内でしゃぶりつかれている逸物に対抗するように、卑しきペニスはさらなる刺激を渇望した。

(咲美のあんな顔、僕はさせたことがない。してもらったことが……ない)

フェラチオをしてもらったこと自体はあった。でも、本当にチロチロと軽く舐める程度。咥えるといっても、軽く口の中に含み、唾液で湿らせてくれるのが精々だった。

咲美が頑なに夫に示すのを嫌がったそれを、藪沼が、ただ咲美を性欲対象としてしか見ていない男が引き出してみせた。

認めたくない現実が、一度はやり過ごした悦波を再来させた。再び、先刻以上のけたたましさで鼓動する肉竿を握り締め、扱き立てる。駄々漏れの我慢汁を潤滑油とした手淫摩擦は、よりスムーズに、肉幹を磨くような動きを実現させた。

『久しぶりっていう割には上手いねぇ。これは旦那さんに感謝だ』

(違う! 僕じゃない。僕じゃ……じゃあ、誰……が)

候補たりえる人物は、一人だけ。

(僕よりも前に、咲美とつき合った唯一の男。……高校時代の、彼氏。そいつが咲美にフェラチオを……一から、仕込んで。そいつも、咲美のフェラ顔を好き放題に楽しんだ、のか……?)

顔も知らない男にまで劣等感を抱かされ、一度は止まった涙がまた溢れ出す。そいつに散々仕込まれたことで口唇奉仕を厭うようになったのだろうか。

(もし、そうだとしたら僕は……)

憐憫が先立つがゆえに、今後もフェラチオを請えない。

咲美と肉体関係を持った男三人の内、もっとも長いつき合いである夫だけが、終生、本気の口淫奉仕の味を知らずに過ごすのだ。