ヤブヌマ 侵食されゆく妻の蜜肌

茶目っ気交じりに応答する最愛の人の、すべてを知りたいと思うから。

(僕では剥き出せない部分も含めて、すべてを──)

夫の寝取られ願望を「愛するがゆえの熱情である」と看過した上で、「愛を確かめるため」と藪沼に抱かれることを選んだ妻。その後二週間、幾度となく交わした夜の営みで、夫が藪沼との一夜を持ち出すたび、恥悦にまどろんでいた咲美。

仮に彼女が今後も、夫の底なしの妄執を許容してくれるつもりでいるのならば。

(歪であっても、これが僕らなりの愛し合い方と、受け入れてくれる……なら)

夫が妻の嘘を看過するのと、理由を同じくするということだ。──希望的観測に依りすぎていると理解しつつ、その可能性を信じると決めた。

心を決めた以上、告げておくべき言葉がある。

「……こんな僕だけど、これからもずっと君と一緒にいたいと思ってる」

胸にひしめくすべての想いの根幹を、素直に伝えた。

「ちょ、ちょっと智? どうしたの急に……」

「きゅうに~」

目を丸くして、あんぐり開けた口を手で押さえ、それから遅れること数十秒。照れを色濃くした咲美。リビングから顔を見せるなり、母親を真似てはしゃぐ智美。

愛しい家族と、歪な想いを抱えたまま、これからも。

「だめ、かな」

願うように問いかける。

意図を探るように見つめてくる彼女の視線を、しかと受け止めた。そうして三十秒も待っただろうか。

「……あたしも、智と同じ気持ち」

映像の中で藪沼の逸物にむしゃぶりついていた口唇が、ことさら恥じらいながら応じてくれる。

「そっちがもう嫌だって言っても、離す気はありませんよーだっ」

また茶目っ気を交えて照れをごまかそうとするのが、恥ずかしがりの彼女らしくて、自然と夫の口元にも笑みが咲いた。

べっと突き出された彼女の舌先が藪沼の精液を啜り味わったと思うと、堪らなく悔しく、より愛しい。

「ありがとう」

想いの丈をこめた素直な感謝が、より彼女を照れ困らせることになるとわかっていても、捧げずにいられない。

──これからも、ずっと、歪んだ情愛の供として君を欲する。

(そう願わずにいられない、こんな僕を愛してくれて、ありがとう……)

「も、もうっ。急に真顔でそゆこと言うと、照れるから……。ほら、冷めないうちに夕ご飯、食べよ?」

「おなかすいたー」

火照る頬を両手で押さえ、背を向けた愛妻がリビングへと小走りに駆け戻る。ぱたぱたと響くスリッパの音を、我が子の小さな背が追った。

「ああ。今行くよ」

溢れる愛と、尽きぬ欲熱。終生を共にする二つを抱き締めて、最愛の家族の待つ食卓へ向かう。その足取りは、躍る心を表したように軽やかだった。