ヤブヌマ 侵食されゆく妻の蜜肌

それに乗じて、また脳裏に浮かび上がる「もしも」の想像図。卑しき藪沼に抱かれて、今以上の嬌態を曝す咲美──。想像の中の藪沼以上に卑しい己を自覚せずにはいられぬ妄想に炙られて、智の肉棒は昂ぶった。

「あ、あぁっン……いい、よぉ智ぉ」

夫に突かれて悦ぶ咲美の鳴き声。今まさに肉棒で甘受する膣の温み、内壁のうねりと締まり。すべて藪沼に味わわれるとしたら──。卑しい妄想の連鎖に呑まれた夫の心臓が、早鐘のごとく鳴り続ける。荒ぶる吐息に乗せて撃ちこんだペニスの、痺れるような愉悦に溺れる一方で、許されざる妄想にのめりこんでゆく。

(咲美の性格も、好みもよくわかってるつもりだ)

気が強く口は少し悪いが、心根は優しく、夫と娘を真摯に愛し、清廉で、間違ったことは他人事であっても口を挟む。強過ぎる正義感が玉に瑕の咲美が、浮気などもってのほかとの意識を有しているのは、今さら確かめるまでもない。

何より藪沼は、咲美が最も嫌うタイプなのだ。

(だから藪沼となんて、特にありえない。わかってるんだ)

だが、否、だからこそ。藪沼と咲美が交わるという想像は、強烈な嫉妬をもたらした。最低の男に妻を奪われる危機感が、肉棒により一層の熱を漲らせもする。

家事も子育ても生き生きとこなす、自分にはもったいないほど素晴らしい妻。それが、毛嫌いしている醜い男に身を預ける姿を、最も大切な女性の穢されゆく様を、連想せずにいられない。

(僕はおかしくなってしまったのか?)

そう思い詰めながらも結局、藪沼に遭遇したあの夜からほぼ毎日。一度は振り払えたと思った卑しき妄想に溺れる日々を過ごしている。

(誰よりも愛しく、誰よりも大切な僕の妻……咲美が、あの下種な男と、あのセクハラオヤジと、ブツブツ顔で、粘着質な、あの藪沼と……っ)

ありえない、という安心感をかさに着て、妄想は日々繰り返され、回を重ねるごとに内容が詳細、陰湿、猥褻になってゆく。

初恋の時がごとく痛む胸。嫉妬を糧に嬉々と弾む股間。痛苦と恍惚が混在する、通常の性的昂奮では決して味わえぬ感覚。その誘惑に抗えず、自慰に耽ったのも、一度や二度ではない。

切なさと空しさのみが残る射精後に、悔いる日々。その都度「もう、これで最後にしよう」と深く心に誓うのに、悔いる想いが強まるほどに明くる日の妄想は濃密になり、卑しき心身を惹きつける。

抜け出せぬまま、今日のように別の快楽を試すのが精々だ。

「……っ、咲美っ……」

苦悶する心境をひた隠し、腰を振る。するとやがて、表情の険しさの理由が心の苦悶に因るものなのか、腰に響く喜悦に因るのか、智自身にも判別できなくなった。

「と、智ぉっ、あたし、もうっ……」

夫の肉棒の忙しき脈動を気取って、妻が鳴く。きつく締まった膣壁でも限界を訴え、共の絶頂を乞うための、甘く媚びた声色が耳朶をくすぐった。

(藪沼に犯されても咲美は──)

同じような、表情と声色、身体の反応を見せるのだろうか?

(いや、これは僕だけのっ……夫である、僕だけのものだ……!)

醜悪な妄想と占有欲に呑まれた肉棒が、爆ぜるがごとき鼓動を放つ。妻の体内に精を吐き出す一方で、智の胸中はなお嫉妬と渇望に喘いでいた。

──よりによって藪沼でなくてもいいだろう。妄想の中で咲美を汚す相手について、別の選択肢を探ったこともある。

例えば、咲美が高校時代に初めて──夫以外に唯一つき合った相手である男。

あるいはもっと無難な、あとくされの無い、名も知らぬ男では、どうか。

結局、いずれも藪沼ほどには嫉妬を煽らなかった。

そもそも他で想像しようとしても、藪沼の特徴的な顔、鷲鼻や三白眼がすでに脳裏に焼きついてしまっている。

(……あの男で、なければ)

自身でも理解不能なこだわりに頭を抱えながら。絶対にありえぬ話、という大前提の下。やがて智は、妄想を現実にするための道筋をも思考するようになっていた。

(できるはずない。天地がひっくり返ろうと、あの咲美が藪沼と、なんて……)

いや、でも、こうすれば、百パーセントないとも言い切れぬのでは。

そんな馬鹿な。ありえない。

まさに禁断の方程式に挑む、狂った学者のごとく。一人きりになれる時間あらば、あらゆる想定をし、都度検討を重ねる。やがて寝る間も惜しみ、自ら時間を設けてまで没頭した。そうして幾週間を費やした末。

ついに、決して解けない方程式ではないかもしれない、という仄かな期待を寄せられるだけの、可能性にたどり着く。

(カーセックスをした、あの日。咲美が見せた、乱れぶり)

羞恥心に由来する、それこそが最初のキーとなる。

(──本当に、いいのか? いざ、妄想が現実のものとなった時、僕は)

正気でいられるだろうか。いや、このような考えに至っている時点で、とうに正気を失くしてしまっているのではないか。

(……そう。僕は、どうかしているのだ)

大切な妻であり、愛娘の良き母である咲美。何よりも護るべき存在と、忌み嫌う男とが情交に及ぶための道筋をせっせと考案している、馬鹿な夫。正気であろうはずが、ないではないか──。

己を責めることで束の間妻への罪悪感を掻き消す。その、悔い改めるべき時間までをも費やして、罪深き夫は作戦の詰めに取りかかる──。