女子校生令嬢たちの淫らな保健実習
小説:岡下誠
挿絵:大柴宗平
リアルドリーム文庫
登場人物
六条桜子
都内の名門・姫琴女学院に通う旧家のお嬢様。艶やかな黒髪、近付きがたい優美な雰囲気の持ち主だが、根は真面目で素直な少女。ただ、いささか世間ずれしている面もある。
山城飛鳥
陸上部所属のスポーツ少女。雌猫のような雰囲気の快活な美少女で、悪戯っ気たっぷりの言動で薫を翻弄する。
伊勢由香里
読書好きで、眼鏡をかけた物静かな少女。真面目な性格で、放課後しばしば薫の下へ質問をしに来ている。
関島薫
この春に大学を卒業、姫琴女学院に教師として赴任したばかりの青年。教育熱心だが、年頃の女の子と接するのがやや苦手。
序章
(ここが僕のクラスか……)
関島薫は、かすかな緊張感とともに教室の扉を見つめた。
無意識のうちに左手をこめかみへやり、眼鏡の蔓を指でさわる。
(今さらといえば今さらだけど、僕、クラス担任なんてできるのかな……?)
薫は、この春に大学を卒業したばかりである。教育実習を何とかこなし、とどこおりなく教職課程は修了したのだが、いきなり学級担任というのは荷が重い。
(おまけに女子校っ。若い女の子となんて、うまく話せないよ……)
ここ姫琴女学院は、このあたりで最も伝統と格式のある学校だ。小学校からの一貫教育で、良家の子女を淑女として育成している。また、中途編入の優秀な女子生徒を社会の各分野に送り出しているのだ。
(うまく意思疎通できるかな……。うっとうしがられたらどうしよう……)
伝統的な西洋建築の校舎に、始業を知らせるチャイムが鳴り響く。体育館での始業式が終わり、これから新しいクラスで初めてのホームルームが予定されている。
チャイムの余韻に急かされて、薫は扉を開けた。
「み、みなさん、お早うございます……」
多少うわずった声とともに教室へ足を踏み入れる。
三十五人の女生徒たちが一斉に薫を見つめた。
(ううっ……。これが……良家のお嬢さまたちなのか……)
あまたの視線を一身に受け、思わずたじろいでしまう。
名門女子校に通う少女たちは、きちっと背筋を伸ばし、両膝を隙間なく閉じ合わせている。制服を着崩している者は誰ひとりとしていない。眼鏡の着用率も世間一般よりは高めで、知的な美しさを漂わせている。
しかも、見渡す限りの黒髪。金髪はおろか、茶色に染めている女生徒すらいない。
いや、ただひとりの女生徒だけがわずかに茶色がかった髪をしていた。ポニーテールにした短めの髪は、黒というよりも深い焦げ茶色である。引き締まった身体つきと凛々しい顔立ちからして、運動部に所属しているのかもしれない。
彼女は、値踏みをするような眼差しで新任教師を眺めやっている。
「起立」
硬質な声で号令をかけたのは、最前列の席に座っている女生徒。
冷涼な美貌をした彼女は、いかにも良家の令嬢といった雰囲気を身にまとっていた。ただ座っているだけでも、気品や誇り高さが滲み出ている。おそらく、由緒ある旧家で厳格に育てられてきたのだろう。お嬢さまが多い姫琴女学院の中でも、極め付きのお嬢さまといった印象だ。
彼女の号令に従って女生徒全員が乱れなく立ち上がり、あらためて姿勢を整えた。
「礼」
お辞儀の角度までが、きっちりとそろっている。
ただ、くだんの深茶ポニーテール少女だけが、わずかにお辞儀が浅い。
「着席」
硬質な声で号令がかけられ、三十五人の女生徒たちが一斉に腰を下ろした。
七十の瞳から放たれる視線に舐めまわされて、薫は一瞬だけ言葉を詰まらせる。
「あ、あの……みなさん、お早うございます」
精一杯に明朗快活な声を出したつもりだったが、どうにも弱気そうな挨拶になってしまった。教師としての威厳などまるでない。
「関島……薫です。これからの一年間、みなさんの学級を受け持ちます。至らないこともあるかもしれませんが、よ、よろしくお願いします」
教室は静まりかえっている。
年若い乙女たちは、興味津々といった眼差しで新任教師を見つめていた。
(な、何だか、動物園の珍獣になった気分……)
ごくかすかにふるえる指先で眼鏡の蔓に触れ、心を落ち着かせる。
「そ、それでは、初めてのクラスということで、みなさんには自己紹介を……」
それをさえぎるかのように、焦げ茶ポニーテールの女生徒が声を上げた。
「一貫校なんで、自己紹介って今さらな感じなんですけど」
「でも……僕はまだみなさんのことをよく知りませんので……」
「それよりも、先生のことをもっと知りたいです」
女生徒たちの間から賛同の声が上がる。
積極的に声を上げない少女たちも、目を輝かせて聞き耳を立てていた。
「ぼ、僕のことですか……?」
何をしゃべろうかと考える間もなく、焦げ茶ポニーテールの女生徒から強烈な質問があびせられる。
「つき合っている人、いるんですか?」
「そ、それは……いないですけれど……」
反射的に答えてしまった次の瞬間、薫は猛烈な後悔に襲われた。
教室中に黄色い歓声が響き渡る。
「フリーなんですかぁっ」
「けっこう格好いいのに、意外」
「眼鏡男子っていうことが、好みの分かれるところかも」