女探偵眞由美の誘惑事件簿
小説:伊吹泰郎
挿絵:AZASUKE
リアルドリーム文庫
登場人物
玉村 眞由美
雑居ビルに事務所を構える探偵。元は将来を嘱望された弁護士だった。垂れ目、泣きボクロ、少し厚みのある唇が色っぽい都会的な美人。凛々しくも優しい性格。
吉尾 正太郎
弁護士を目指して法学部に通う二十一歳。がっしりした体格の、真面目な好青年。
第一章 ペット探しと手コキパイズリ
秋と呼ぶにはまだまだ暑すぎる、九月中旬の陽気に包まれながら。
吉尾正太郎はバイト用の履歴書を携えて、東京都の井出坂にある古ぼけた雑居ビルを訪ねていた。正確には、ビルの三階にある『玉村探偵事務所』を。
──探偵の事務所。
そんな怪しい場所と、学生の内から縁が出来るなど、彼も先日まで考えていなかった。
正太郎は弁護士を目指して上京し、江蘭大学で勉強中の二十一歳だ。ちなみに現在は、大学の寮住まい。
高校まで弱いながらも柔道部に所属していたためか、多少はガッシリした身体つきだが、見た目は平凡な方だろう。
その彼が、初めて足を踏み入れた探偵事務所は、グレーがかった壁やスチールラック、さらに安っぽいボロソファーのせいで、全体的に寒々しかった。一月後には潰れていたっておかしくない。
にもかかわらず──。
部屋の主である玉村眞由美は、眩いほどの存在感を放っていた。
「そう……吉尾君、今は江蘭大学の法学部に通っているのね。しかも、柔道の心得有りと。なかなか頼もしそうね」
眞由美は、正太郎が今までロクに会話したことがない都会的なタイプの美人で、非常に色っぽかった。
たとえば、端の垂れ気味な瞳が色っぽい。目尻の泣きボクロも色っぽい。
少し厚みのある唇も色っぽいし、履歴書を持つ長い指も、セミロングの髪も──。
それでいて、育ちの良さそうな気品まで漂っている。
彼女を前にした瞬間から、青年の心臓は高鳴りだし、頬も火照った。そしてローテーブルを挟んで向き合うと、喉はカラカラに干上がってしまった。
密室に二人きりとはいえ、初対面でここまで調子が狂うなんて、自分でも変だと思う。
ある『特殊な事情』による緊張からか、とも思ったが、多分違う。
もしかして、彼女ほど綺麗になると、妙なフェロモンを出せるようになるとか──。
(……って、そんな妄想、余計に馬鹿げてるだろ)
女探偵の身長は少し高めで、バストに関しては発育過多だ。Eカップか、あるいはFカップ以上あるのか、ライトグレーのスーツの胸元を柔らかそうに盛り上げ、ともすればボタンを弾き飛ばしそう。
逆にウエストは流麗に括れて、ラインに沿った衣類がコルセットさながらに見えた。そのくせ、しなやかな健康美も存分に発揮されている。
ヒップまで下れば、またふくよかな丸みが描かれていた。
眞由美が穿くのは、上と揃いのスカートだ。タイトに肢体へ密着し、匂い立つような女らしさを浮き上がらせる。脚はストッキングが包み、脹脛の曲線まで悩ましい。
──と、計ったようなタイミングで、眞由美が悪戯っぽく目を向けてきた。
「探偵事務所の仕事は、浮気調査やストーカー対策といったものよ。アルバイトとはいえ、人の黒い面を色々見るかもしれないし、依頼人に対する誠実さが求められるわ」
「は、はいっ……。元々、弁護士を目指していますし……っ、大丈夫ですっ」
「でも、逆に法学部じゃ、毎日の勉強が大変じゃない?」
「ぅ、その……そ、それなりにはこなしています。問題ありません……っ」
「それなりってどれぐらい?」
「え?」
目を瞬かせると、眞由美は気安げに微笑んだ。
「曖昧な返事は、面接だとマイナスよ? リラックス、リラックス。ありのままの吉尾君を見せてね?」
純朴な青年とのやり取りを、楽しんでいるかのようだ。
だが正太郎としては、絶対に『ありのまま』を見せるわけにはいかない。
なぜなら、ここの面接を受けることになったのは、『特殊な事情』──ある人物から一方的に指示を出されたためで。
青年はスパイとして、不本意ながら、この事務所へやってきたのだ。
それは三日前のこと。
「君に頼みがあるんだ」
差し向かいでソファーに腰を下ろす白髪の紳士から、笑顔で切り出された時点で、正太郎はピンとこないながらも不吉な予感が強かった。
紳士の名は、源元英雄。江蘭大学で法学部の学部長を務めており、法曹界にも顔が広い。つまり、学生である正太郎の生殺与奪を、ほぼ握れる人物なのだ。
パッと見、穏やかで知的な英雄は、しかし中身が相当な古狸であると、学生の間でも悪名高かった。
そんな彼から、正太郎は講義が終わった後で呼び止められた。そして学部長室に連れてこられた。どんな呑気者でも、緊張せずにいられない状況だろう。
しゃちほこばる教え子へ、英雄はおもむろに告げてきた。
「噂で知ったんだが、吉尾君はまあまあ腕っぷしが強いらしいね? それに講義を受ける態度が、今時珍しいほど真面目だ。そこで法学部に属する学生の中から、僕は君を選んで、声をかけたんだよ」
褒められるほど、不安が高まる。相手の笑顔も、悪だくみ故に思えてくる。