女探偵眞由美の誘惑事件簿

正太郎は一回目の中間報告のため、学部長室を訪ねていた。

「じゃあ聞こうか。姪はどんな仕事をしているのかな」

「はっ……」

源元英雄へ伝える内容は、事前に眞由美と相談しておいた。

もっとも、伏せるように指示されたのは、たったの二点──依頼人の個人情報と、自分達の関係だけだ。それぐらい、正太郎も端から心得ている。

(つまり、大人の『勉強』を餌に俺を取り込む必要なんて、元々なかったんだよな……)

この点だけなら今更の話かもしれないが、他にも好きな相手の真意を量りきれない場面があるので、時々もどかしい。

ともあれ、今は雑念を捨てなければならなかった。

「……事務所で受ける依頼は、他の探偵と一緒です。ペット探しや浮気調査、人探し、身元調べなどが主でした」

「ほほう」

そこから始まった英雄の追及は、なかなか細かかった。

──探偵というと、他人のプライバシーをほじくる汚れ役が多いのではないかね?

──いいえ。後ろ暗いと感じた仕事なら、所長は迷わず断ります。

──仕事をえり好みしていては、収入が少ないんじゃあないか?

──収入ならコンスタントにあります。助手時代から築いてきた人脈が、今も広がっているんです。

一時間以上もこれが続き、やっと彼も納得してきたらしい。

「姪の仕事ぶりには、曇りがないということか。なるほど、分かったよ。ありがとう」

その返事に正太郎も安心しかける。

だが、直後には別の質問をぶつけられた。

「最後に個人的なことだ。君から見て、姪はどんな女性かね?」

「…………と……いいますと?」

「この先ずっと、探偵を続けられると思うかい?」

二人の秘密を勘ぐられた訳ではなかったらしい。

なのに、正太郎は『思います』と即答できなかった。

原因は自分でも不明だ。

しかし、視界の隅でチラついていた不安定な影が、急に接近してきたような感覚がある。まだ全体像は分からないのに、首筋がゾワゾワした。

「はい……やれるのではないでしょうか……」

遅れてそう応じる彼を、学部長は探るように見据えてきた。

「……僕が考えるにね、眞由美はさほど強い娘ではないんだ。能力そのものは高いから、大抵のトラブルなら解決できる。だが、周りに笑顔を見せつつ、疲れを溜めているんじゃないかと、そう思えてしまう。あの子は昔から、他人事でも自分の問題のように受け止めてきたしね」

しかし言うだけ言うと、彼はさっさと話を切り上げる。

「まあ、君が弁護士を目指す以上、僕も長く拘束する気はないよ。今の話は、頭の片隅に残しておいてくれればいい」

用件は以上らしい。

素直に立ち去るべきか、とも思ったが──土壇場で落ち着かない気分にさせられてしまった。

今日までに見聞きした眞由美の悩みの源といえば、親との確執だろう。

そこで英雄に聞いてみる。

「……先生、玉村所長のご両親はどんな方なんでしょう?」

途端に渋い顔をされた。

「姪から聞いていないのかい?」

(あ……焦りすぎた、か?)

己の軽率さを悔やみたくなる正太郎だ。

しかし、溜息混じりに学部長は語りだした。

「眞由美の父はねぇ……社会的な地位こそあるが、自分を大きく見せたがる、臆病でズルい男だよ」

「はぁ……」

それが事実なら、とっくに手を離れた娘の転職を、苦々しく思い続けているのも頷けた。

「母親の方はもう亡くなっているね。見合い結婚で嫁に来たんだが、眞由美と違って、純粋に強い女性で……いや、正義感が有り余っていて、実にきつい性格だったな」

最後には苦笑が混じったが、二人とも学部長の天敵らしい。あまり食い下がっても、不機嫌にさせてしまいそうだ。

「ありがとうございました。……では失礼します」

ソファーから立ち上がって大きく一礼し、正太郎は学部長室を後にした。

大学を出た正太郎は、探偵事務所へ向かった。火曜は本来の出勤日ではないものの、英雄との会話の内容を、眞由美へ伝えねばならない。

そして事務所がある雑居ビルの前まで来てみれば、見知った顔がウロついていた。

「よお、瑠実。こんな所でどうした?」

「きゃっ!?」

背中に声を掛けると、少女──井上瑠実はウサギのように飛び跳ねる。

「やだっ、正太郎っ! おどかさないでよっ!」

「おお、すまん」

瑠実とは幽霊騒ぎの後、あまり話をできていなかった。

父との件なら解決した、と電話で知らされたものの、その後が気になっていたのだ。

今日の彼女は、ミッション系の学校の制服を着込んでいる。ライトグレーを基調に、シックながらも洒落たデザインで、いかにもお嬢様風。

事務所の周辺は決して物騒ではないが、一人で放っておくと目立ってしまう。

何より、下校途中で足を伸ばしてきたからには、特別な用事があるはずだ。

(どうしたものかな……)

瑠実のことだし、普通に呼んでも、ついてくるとは限らない。

そこで正太郎は、ちょっと強引に行くことにした。

「よっし。せっかく来たんだ。お茶かコーヒーぐらい飲んでいけよ」

言うや否や、少女の片手を握って、雑居ビルへ引っ張り込む。そのまま階段もズンズン昇る。

「ちょっと、正太郎っ!? 離してよっ。これって傍から見たら誘拐犯っぽいわよ!?」

瑠実はギャアギャア騒ぎだしたが、力は正太郎が断然強い。それに近所の人達とは顔見知りになっているから、怪しまれる心配もないはずだ。