女探偵眞由美の誘惑事件簿

だが扉を押し開けてみると、通路の照明が奥まで届かない。数メートル先でさえ、真っ暗闇も同然だ。

「これが明りのスイッチみたいね」

壁際を探りつつ、呟く眞由美。直後、天井でパッと蛍光灯が点き──とんでもない光景が視界へ飛び込んできた。

「う、お……!?」

そこは十二畳ぐらいの広さの部屋だった。四方は通路同様コンクリート製で、床はリノリウム敷きとなっている。

小さな机と椅子が隅にあり、反対の壁へは大きめの棚が置かれていた。さらにエアコンや小型の冷蔵庫も。

入口の向かいには、合わせ鏡さながら、もう一つの鉄扉。

それだけなら、まだ普通だったろう。

問題はインテリアである。等身大の石膏像と絵が数点ずつ飾られているのだが、揃ってどれもいかがわしいのだ。

大きなトカゲに絡まれながら、悶えるように踊る女性の像があった。

半裸の美人が、豹の仮面の男に組み敷かれている絵もあった。

他にも、巨大芋虫に首筋を舐められる熟女の像や、愛撫するように金髪少女をひじ掛けで絡め取る化け物椅子の絵など──。

しかも蛍光灯にはフィルターがかけられ、空間を退廃的なピンクに染めている。

目を凝らせば、棚に整然と飾られていたのも、新品らしい大小のアダルトグッズだ。

いわば、ここは変態博物館。

立ち尽くす青年の隣では、さすがの眞由美も言葉を失いかけていた。とはいえ、我に返ったのは、女探偵の方が先で、

「これって……井上さんにはどう説明するべきかしら……」

思案するような独り言に、正太郎の金縛りも解ける。

そうだ。こんな部屋、子供には刺激が強すぎる。瑠実ほどしっかりしていれば大丈夫かもしれないが、決めるのは彼女の親であるべきだ。

と、そこまで考えて、『幽霊』の正体も大体分かった。

部屋には電気が通り、掃除もされている。持ち主である瑠実の父が、存在を知らないはずがない。

ここは秘密の歓楽にふけるための場所なのだろう。瑠実が見たという白いドレスの幽霊は、おそらく父の愛人で──。

瑠実の母は他界しているというし、お愉しみ自体はしょうがない。だが、瑠実には一層教えづらかった。

正太郎が悩んでいる間に、眞由美はもう一つの鉄扉を開け、顔だけ出して様子を確かめる。

やがて扉をきっちり閉め直したら、部屋の入口まで戻ってきた。

「あっちには昇りの階段があるわね。多分、内緒の出口と繋がっているんじゃないかしら」

正太郎は頷いてから、念のために聞いてみた。

「ここのセッティングをしたのは、瑠実の親父さんなんですね?」

「まあ……そうでしょうね」

表情を曇らせつつ、答える眞由美。聡明な彼女にとって、それは自明のことだったらしい。要するに調査を渋ったのも、『プロのルール』へのこだわりからではなく、純粋に瑠実を思っていて──。

彼女の先見性に一層の敬意を抱かされる正太郎だが、反省もさせられた。

(俺は、所長に無理やり隠し部屋探しをさせてしまったんだ……)

だから、深く頭を下げる。

「……所長、さっきはすみませんでした」

「え?」

「俺、所長の考えも知らずに、余計な口出しばかりして……」

すると両肩へ手を置かれ、姿勢を元に戻された。

「決断したのは私よ。突っぱねることだって出来たのに、井上さんに嫌われたくなくて、失敗しちゃったの」

眞由美の口ぶりは諭すようでありながら、自分を戒めているようでもあった。

つい先日、『私も迷いを抱えている』と言われた意味が、正太郎にも分かってきた気がする。

──と思ったのも束の間、眞由美が瞳を奇妙に潤ませだした。

「でも……そうね。吉尾君が謝ってくれるなら、その優しさへ少し寄りかからせてもらおうかしら」

「はい?」

「私、失敗した分を取り戻したいの。だから後で思い切った行動を出来るように、君にも背中を押してほしいのよ。大人のやり方で……ね?」

『大人の』と思わせぶりに付く以上、意味は一つしかないだろう。

(って、この部屋でか!? 他人の家の一部で、上では瑠実が待ってて、もう片方のドアの先も調べ終えた訳じゃないのに!?)

理解できたと思ったら、また分からなくなる。やはり玉村眞由美は謎の人だった。

しかしこの発言にも、深い意味があるのかもしれない。

彼女を疑って後悔したばかりの正太郎だ。緊迫感ゆえの耳鳴りを覚えながらも、生唾を飲んで答えた。

「は、はい…………眞由美さんがそう言うのならっ……」

途端に理性を押しのけ、本能的な昂ぶりが湧いてくる。さらに──。

「ふふっ、良かった。真面目な正太郎君のことだし、断られるかもって思っていたのよ?」

女探偵からの呼び方も、また姓から名前へ変化。条件反射で、正太郎の股間はムクムクと肥大化を始めてしまった。

「く、お……」

短く呻いて前屈みになると、すかさず眞由美が立ったまま、ズボンのファスナーを引きおろす。

「んふ……意外にせっかちさんなのね。正太郎君はこの一週間ちょっとで、オナニーとかしちゃった?」

問い掛けながら、美女の右手は下着越しにペニスをなぞりだしている。

例の巧みな力加減に、正太郎は脚が震えそうなのを堪えながら頷いた。

「そういう時はどんなことを考えるの? 良かったら教えて?」

「それはその、最近は……眞由美さんにされたことを思い出しながら……」