女探偵眞由美の誘惑事件簿

「む。こいつ呼ばわりしないでよ! 失礼ね!」

この負けん気の強さだ。やるに違いない。

眞由美も同じことを感じたのだろう。溜息混じりに言った。

「分かったわ。それじゃ入口を開けるスイッチを探しましょうか。ただし見つかっても、隠し通路へ入るのは私だけよ? いいわね?」

正太郎と瑠実は揃って頷いた。

それから全員で書斎を調べにかかった。スイッチは小さいかもしれないので、本をどかして棚の奥までチェックしなければならない。それについては、正太郎と瑠実が引き受けた。

「にしても、ジャンルがすごいな」

百科事典や専門書から、アイドルの水着写真集や洋楽のスコアまで揃っている。

「瑠実の親父さんって、なにやってるんだ?」

「映画監督よ。……井上へいきちって知らない? 最近だと『猟奇探偵』ってのを撮ってるんだけど。その前は『悪魔召喚娘』とか『殺戮のチェーンソー教師』とか」

「そ、そうか」

どれも娘の情操教育に良くなさそうなタイトルだ。加えて、正太郎は全く聞いたことがなかった。

微妙に気まずく、彼は引っ張り出したばかりの本を、パラパラめくってみる。

「いかにも大昔の本だな……」

探偵が主役の児童書みたいだが、表紙絵がおどろおどろしい。ずっと昔、縁日で見かけたお化け屋敷の看板と似ている。奥付によれば、初版は昭和三十五年だ。

それを瑠実が脇から覗いてくる。

「興味ある? だったら貸してあげるわよ。古い本だけど、結構面白いんだからっ」

「いや、最近は大学のテキストと資料で手一杯なんだ。次の機会にするよ。俺の親父とか爺さんに見せたら、懐かしがるかもしれないけどな」

そこで何気なく眞由美を見れば、彼女は手を休めて苦笑している。

「所長……どうしたんです?」

「その本、私も好きだったのよ。子供達の調査チームから『先生』なんて慕われる私立探偵が、すごくかっこよく思えて……今の仕事に憧れたきっかけかもしれないわね」

「え」

途端に瑠実が意地悪い顔をした。

「分かった。あんた、リアルタイムで読んでたんでしょ?」

「外れ。私もそこまでお婆ちゃんじゃないわ」

瑠実の指摘を、笑って受け流す彼女。

だが、正太郎は背中に嫌な汗をかいてしまった。直前の眞由美の微妙な表情も、脳内でリピートされる。

(これはヤバい……)

憧れの女性を、遠回しにオバサン呼ばわりしていたとは。

ぎこちなく本を元の場所に戻しかけたところで、

「お?」

棚の奥に蓋のようなものを発見した。色が棚と同じだから、うっかり見落とすところだった。

「ス、スイッチってこれじゃないか?」

「どれっ? どれっ?」

ごまかすつもりで大きなジェスチャーをすると、瑠実も本の隙間を覗き込む。そして、止める間もなく蓋をどかし、何かをポチリと押す動作。

途端に微かなモーター音が鳴り、眞由美の叩いた壁の一部が、下へスライドし始める。十秒もしないうちに、大人がどうにかくぐれる高さの入口が出来上がった。

「急に弄るなよ。危ないだろう」

「良いじゃない、上手くいったんだから」

正太郎と瑠実が言い合う横で、眞由美は冷静に隠し通路を調べ始めている。

「中は滑り台みたいな坂になっているわね。……これ、地下への片道なのよ」

正太郎達へ聞かせつつ、スロープの上にあるスイッチを動かした。すると書斎の電気が消えて、隠し通路の方が明るくなる。

「私、下を調べてくるわ。吉尾君と井上さんはここへ居て」

「待ってくださいっ。やっぱり俺も行きます!」

正太郎は申し出た。さっきから逆らってばかりだと自覚しているが、憧れの女性を一人で訳の分からない場所へ送りたくない。瑠実も手を挙げる。

「あたしも! ここはあたしの家なのよ。何が隠されてるか分からないなんて、気持ち悪いじゃない!」

聞き分けのない年下二人を、眞由美は少し呆れ顔で見比べ、やがて決定を下した。

「吉尾君はついてきて。でも井上さんは……自分の部屋へ戻って、そこで待っていて」

「なんで仲間外れよ!?」

「探偵は依頼人を危険な目に遭わせてはいけないの。この隠し通路の正体は、ちゃんと後で説明するわ。だから……お願い」

眞由美はしゃがみ込んで、瑠実と顔の高さを合わせながら言い聞かせた。声音が極めて真摯なのは、生意気少女にも通じたらしい。

「……ふん、分かったわよ」

渋々とだが、そう答えてくれる。

眞由美は心底ホッとした様子だ。

「ありがとうね」

男が向けられたら、年齢関係なしに甘えたくなりそうな微笑を浮かべた後、正太郎を見上げてくる。

「さあ行きましょうか、吉尾君」

彼女の美貌は──一瞬のうちに引き締まっていた。

地下で正太郎達を待っていたのは、広くて歩きやすいコンクリート製の通路だった。そして四メートルほど先の行き止まりにドッシリした鉄扉。

スロープから出たすぐ脇には、照明用と別のボタンも付いており、押せば頭上から再度のモーター音が聞こえてきた。

多分、入口の壁が閉じたのだろう。正太郎は秘密の牢獄へ閉じ込められた気分になりかける。

しかし、眞由美の素振りは落ち着いていた。滑ったせいで乱れかけたスカートの裾をさりげなく整えつつ、

「……まるで怪盗の秘密のアジトね。さあ、行きましょうか」

「は、はい……っ」

青年も頷き、グラマラスな雇い主と一緒に、鉄扉の前へ立った。