女探偵眞由美の誘惑事件簿

彼女が太鼓判を捺してくれると、正太郎も多少は安心できた。

「あ、最後にもう一つ教えてください。監督が色々秘密のままにしたいと主張したら、どうしたんです?」

「その時はダミーの答えを考えたわよ。探偵と映画監督なら、いくらでも本当っぽい話をでっち上げられるもの」

そうなる可能性があったからこそ、まずは井上監督を怯ませ、一対一の相談へ持ち込む必要があったのだろう。

ともあれ幽霊騒動は一段落だ。

そこで眞由美が身を乗り出してきた。

「今回の件が丸く収まったのは、吉尾君が後押ししてくれたおかげでもあるわ。お礼に晩御飯をご馳走したいんだけど、どうかしら。明日の夜とか都合つく?」

「え……は、はいっ! もちろん大丈夫です! いくらでも都合つきますっ!」

思いがけない提案に、腰がソファーから浮きかけてしまう正太郎。

その意気込みぶりに、眞由美は苦笑した。

「そんなに豪勢なところへは連れて行けないわよ? 軽めの洋食屋さん……で食べた後、どこかでちょっとお酒を飲むぐらいね」

「もちろん頂きますよっ」

──眞由美と食べられるのならば。

正太郎はお子様ランチでも、間に合わせの立ち食いソバでも、大歓迎だった。

翌晩、眞由美は小さいながらも雰囲気の良い洋食屋へ、正太郎を案内してくれた。店内は暖色系の照明と内装がロマンチックで、眞由美のアダルトな物腰がよく映える。

料理の味も素晴らしく、正太郎にとって、数か月ぶりのご馳走だ。

そこでゆったり過ごした後は、眞由美が立てた予定通り、オシャレなバーでカクテルを飲んでみたりもした。正太郎が友人と飲む時は、居酒屋でビールかチューハイばかりだから、こっちの体験は完全に初めて。

(まるで……デートしてるみたいだ……)

意味合い的には、バイト青年への労いなのだろう。それでも正太郎は夢見心地にさせられる。

眞由美が上に着ているのは、落ち着いたデザインのカーディガンと、白っぽいブラウスだ。

下は膝丈までのスカートで、仕事の時と違って、ストッキングを穿いていなかった。スラッと長い生足は、色っぽい曲線を描きつつもしなやか。キビキビした動作に似つかわしい。

正太郎も生活費をはたいて、昼の内に衣装の上下を揃えておいた。

しかし、幸せな時間はあっという間にすぎるもので。

二人は今、ほろ酔い気分で探偵事務所まで戻っている途中──。

九月終わりの夜気が頬に心地よく、酒の勢いにも後押しされて、正太郎は漠然と抱いていた印象を述べてみた。

「所長って子供好きですよね。創とか瑠実と話す時も、すごく優しい目をしてますし」

「そ、そう?」

女探偵の顔が、ほんのり桜色なのは、アルコールのせいだけでなく、ストレートな称賛が照れくさいからかもしれない。

彼女は視線を僅かに逸らし、早口で答えた。

「それは正太郎君の方じゃないかしら。私の場合、ちょっと下心があるもの」

「というと?」

「小中学生ぐらいの子には、幸せな笑顔を求めちゃうのよ。ほら、私って親が中学の時に離婚してるでしょ?」

当たり前のように言われて、酔いが醒めかける。何気ないネタ振りのつもりだったのに、デカい地雷を踏んでしまった。

「……そ、そうなんですか?」

呻く正太郎に、眞由美もキョトンとなった。

「ひょっとして、それも源元教授から聞いてなかった?」

「ええ、まあ……姪の仕事を手伝えとしか……」

「………そう」

考え込む素振りの眞由美だったが、やがて取り繕うように、笑みを浮かべ直す。

「私の両親の仕事って、どっちも法律関係なのよ。私が弁護士を目指したのも、きっと親と似た仕事をすることで、無くしたものを少しでも取り戻したかったからだわ」

「…………」

これ以上、突っ込んだことを尋ねるのは、失礼かもしれない。

しかし、青年は次の疑問を漏らしてしまった。

「それで今、所長のご両親は……?」

「母は二年前に亡くなったわ。離婚した後は、女手一つで私を育ててくれて……最終的に今の仕事も認めてもらえた。父の方は健在だけど、長い間会えていないわね。でも、学費を出してもらっておきながら、勝手に転職したんだもの。かなり怒っているみたいよ」

そこで眞由美は息を吐く。

「暗い話をしてごめんなさい。ご飯もお酒も美味しかったし、最後まで楽しい気分のままの方がいいに決まってるのに…………ね、正太郎君?」

「っ……」

意外なタイミングで、呼び方が名前に変わった。しかし、正太郎も神妙な心持ちになりかけたところだ。簡単には気分を切り替えられない。

まして、ここは屋外で、ちょうど公園へ差し掛かったところ。

思わず立ち止まりかけると、眞由美が色っぽくしなだれかかってきた。

「え、あの、所長? ここで……ですか?」

「…………呆れちゃった?」

意外にも、眞由美の顔は寂しげだった。殊にすがるような上目遣いが、男心を射貫く。

あられもないこの誘いも、親との問題を思い出して、心が揺れたせいかもしれない。

「い、いえっ……いいえっ、そんなことありません! よろしくお願いしますっ!」

勢いで即答してしまった正太郎は、コントのような掌返しが、自分で恥ずかしくなった。しかし一方、さっきまでの酔いを蘇らせるように、高揚感も湧いてくる。

眞由美もニッコリ目を細め、