椅子から立った彼女は、青年の隣まで回り込んでくる。
その距離は、仕事の時より半歩ばかり近く、呼び方までファーストネームに変わっていた。
ただし、気配はあくまで一途だ。
そもそも『嘘』が話題になったのは、正太郎が告白したからで。
今から──その答えも出るのだろう。
「……正太郎君、本当にこれからも私の近くに居てくれるの? 私、君より一回り近くも年上なのよ?」
「歳の差なんて関係ありませんっ。もう一度言います。俺はあなたが好きなんです!」
「……っ!」
眞由美がビクッとわなないた。今にもへたり込みそうな硬直ぶりだ。
それがゆっくり解けてくれば、温厚な瞳に、薄く涙まで浮かんだ。
「どうしよう、すごく嬉しい……。私も、正太郎君が好きよ。……いいえ、愛してるわ」
「……眞由美さん!」
正太郎は咄嗟に目の前の両肩を掴んでいた。
「俺、あなたとキスしたいです。『勉強』じゃなく、ぶっつけ本番の真剣なキスを……!」
「ええ……っ」
眞由美も目を閉じ、顎を軽く上げてくれる。
信頼溢れる待ちの姿勢。
愛おしい。どうしようもなく、この人が愛おしい。
そんなありったけの想いを籠めて──正太郎は口付けをした。
恋人の唇は果実のように瑞々しい。優しい弾力にも満ちている。
舌を使わず、身体を擦り付けることもせず、ソフトな接触だけしかしていないのに、正太郎は歓喜で頭が麻痺しかけた。
「ぷはっ」と顔を離せば、眞由美が頬を赤く染めながら、甘えるように聞いてくる。
「正太郎君……今日も私の部屋に寄っていかない?」
今度の名前呼びは、果てしなく色っぽくて。
青年も手の力を強め、大きく頷いた。
正太郎はフローリングの床へ尻を落としながら、シングルベッドに寄り掛かり、眞由美のシャワーが終わるのを待っていた。
ついに彼女と恋人同士になれて、セックスには今まで以上の意味がある。
もう『勉強』という名目ではない。想いも宙ぶらりんではない。
しかも眞由美は「今夜も使ってみましょう?」と、ベッドへ大人の玩具を放り出していった。昨日は用途不明だった道具に関しても、使い方をバッチリ教えてくれて──。
そんなアレコレに、青年は握り拳の内が汗で湿る。心臓も早鐘のようだ。
いっそこの場で奇声を上げながら、ヒンズースクワットでも始めてしまいたい。
そこへようやく眞由美がやってくる。
「お、お待たせ、正太郎君……」
「っ!」
正太郎が見上げれば、ドアのところに立つ女探偵は、白いバスローブを纏っていた。
端整な顔を真っ赤にしながら、目線もモジモジと伏せ気味で。
「眞由美……さん……」
立ち上がった正太郎のところへ、彼女は小股で寄ってきた。
「あ、あの……正太郎君……呆れないで聞いてほしいんだけど……」
真正面で恥じらう想い人に、正太郎も唾を飲む。
「はい……」
「……アナルセックスに興味って……ある?」
「え……っ」
思いがけない質問で、返事に迷った。途端に眞由美は慌てた口調となって、
「わ、私ねっ……正太郎君の『初めて』を沢山もらっちゃったでしょうっ? だから、その……私も君に……『初めて』のお返しをしたくて……ほらっ、昨日もお尻へされたら、気持ち良く……なっちゃった……し……」
要するに、愛情と好奇心を持て余しているようだ。
それで正太郎も腹筋を固め、きっぱり声を張り上げた。
「興味ありますよ、眞由美さんとならっ」
急に積極的になった年下の恋人に、眞由美も驚く表情だ。しかし直後には、ホッとしたように艶めかしい笑みを作る。
「じゃあ、やりましょう? 身体の準備なら、ちょっとだけしてきたの……」
彼女はバスローブの帯をシュルリと解いた。衣類が支えを失えば、巨乳の谷間とお臍、さらに秘所へかけてが、縦一直線に露になる。
そこで正太郎も、恋人の肩にかかる布地を、左右へ滑らせた。
袖の一部を残し、バスローブがずり落ちる。
眞由美はさりげない動きで腕を抜くと、跪いて正太郎のズボンへ手をかけてきた。
愛情たっぷりの指遣いで、ズボンと下着がどかされて──。
青年の充血したペニスは、切っ先を猛々しく天井へ振り上げる。
「お……」
「ん、ぁ……っ」
次に眞由美は、ベッドへ裸身を預けた。両膝を床へ残したまま、マットレスに上体と腕を乗せ、取るのは従順に尻を持ち上げるポーズだ。
「正太郎君……し、してっ……くださいっ……」
「はい……っ」
正太郎も恋人の後ろで立て膝となる。
ここをペニスで貫くんだ──そんな気構えでヒップを見れば、丸い双丘の質感に、改めて胸を衝かれた。
湯上りの肌は、霧吹きでも使われたように薄く汗を浮かせつつ、眩いような桜色。
対照的に、谷間で息づく肛門周りは、鈍いセピアのままだ。無数の皺を寄せる穴の姿ときたら、全体が張りつめる中で極めて異質だった。
とにかく、下ごしらえは必須だろう。
ペニスはアナルバイブよりずっと太いのだから。
「眞由美さん……ローションと、ア、アナルビーズっていうの、取ってください」
ベッドへ上半身を投げ出している眞由美の方が、数々のアダルトグッズと近い。彼女も求められるまま、己の排泄孔を嬲るための道具を、「……はい」と後ろへ差し出してきた。
ローションは昨日と同じもの。
そして新たに正太郎が受け取ったアナルビーズは、大小十個の珠が紐で数珠つなぎとなっている。一方の端には、直腸から引き抜く時に摘むためのリングも付いていた。