そこで青年も出てみれば、扉があったのは、普通の廊下の一角だ。具体的に言えば、二階に通じる階段の下。
扉と壁の境は巧妙に隠され、しかも廊下側からだと開けられない造りとなっている。
これで地下室の全容は判明だろう。
女幽霊の正体も、瑠実の父の愛人らしいと見当がついた。
廊下の窓を見れば、すでに日は沈みかけて、だいぶ暗くなっている。
「……瑠実へは、自分の部屋に戻るように言ってありましたよね。もう呼びますか?」
ポケットの中のスマホを掴みながら、正太郎は聞いた。
しかし眞由美は首を横へ振り、
「ここまでやったんだもの。後少しだけ、裏付けの調査をしておきたいわ」
これ以上、何を確認したいのか分からないが──正太郎は頷いた。
第三章 解かれる謎と野外姦
眞由美に連れられる形で、正太郎は階段を昇った。
屋敷の中は手すり一つ取っても、磨き抜かれた木材が高級感を醸し出す。足元には赤い絨毯まで敷かれている。
こっそりの行動となると、後ろ暗さは二割増しで、女探偵へ質問する声も潜めがちになってしまった。
「……所長、どうするんですか?」
二階の廊下は階段の左右へ伸び、木製のドアが等間隔で並ぶ。そして正太郎が問いかけるや、眞由美は躊躇なくドアの一つを開けた。
「っ! 誰かいたら、ヤバいんじゃないですかっ?」
大胆さに驚かされるが、ドアの先にあったのは、白い洋式便器だ。
「あ」
思いがけないタイミングでの平凡な生活感に、脱力させられる。
そういえば、二階のトイレは階段脇にあると、瑠実が言っていた。
「井上さんはここを出て、階段を降りている途中の幽霊を見た訳ね」
ひとりごちてから、正太郎を顧みる眞由美。
「ちょっと階段の踊り場へ行ってみて?」
言われた通りにすると、彼女は一人でトイレへ入り、ガチャリとドアを閉めた。すぐに水を流す微かな音だ。それが途切れるより早く、また姿を現して、
「吉尾君、水とドアの音、ちゃんと聞こえた?」
階段を降りてきた雇い主の問いに、正太郎は「はい」と答えた。
「防音性は高いですが、消しきれてはいないですね」
「そう……じゃあ、井上さんに来てもらいましょうか」
「え、調べるのってこれだけですか?」
ずいぶんあっけない。
しかし、眞由美は頭を振り、
「最後に一つ、井上さんへ質問があるの」
「……了解です」
いよいよ首を捻りたくなるが、ともかくスマホで少女を呼びだした。
『うん、すぐ行くっ』
返事の後、廊下の角の向こうから、瑠実が駆け足でやってくる。そして階段で二人を見つけるや、速度を落として訝しむ顔。
「なんでそんなところにいるのよ」
書斎で待たれているものと思ったらしい。
年端もいかない相手を前にすると、正太郎は性交の匂いが残っていないか、急に心配になってきた。コンドームも口を縛って、服のポケットに入れたままなのだ。
しかし、瑠実に気付く様子はなかった。
眞由美も素知らぬ顔で彼女へ尋ねる。
「ちょっと教えてほしいの。井上さんが見た幽霊のドレスって、どんなデザインだったかしら?」
「デザイン? 外国の映画で、女の人が寝る時に着るようなヤツよ」
「それって、ドレスじゃなくてネグリジェか?」
正太郎も問うてみるが、少女にはピンとこなかったようだ。
「そういう名前の服なの?」
口だけでは確認しづらいので、スマホで検索して、ちょうどいい画像を見つけてやった。
「こういうのだろ?」
「うん、そうそう」
実にあっさりした返事。眞由美が聞きたかったことは一つだけのはずだし──やっぱり追加の調査はあっけなく終了だった。
「だそうですが、所長?」
見れば、眞由美は奇妙な表情をしている。苦笑を堪えつつ、本気で迷ってもいるような。
その時。階段の下から、詰問口調が飛んできた。
「あんたら誰だ? そこで何してる?」
瑠実と合流した以上、泥棒と間違えられる心配はない。
それでも不意の声に、正太郎はドキリとさせられた。
声の主は三十代後半ぐらいの小柄な男性で、そこそこ整った顔立ちながら、やけに目力がある。
「パパ!」
瑠実が声を上げた。
(この人が井上平吉か……)
目力が強いのも、映画監督として、他者に指示を出し慣れているからだろう。正直、柔道の選手に負けない迫力だ。
しかし、彼の射るような視線に、眞由美は全く動じない。謎解きを始めるドラマの探偵さながら、優美な足取りで階段を降り始める。
──地下室で喘いでいた時とは別人だった。
「はじめまして。私は玉村探偵事務所の所長、玉村眞由美です。先日はシレ君の件でお世話になりました」
見上げる平吉の方は、警戒を解かない。
「あんたが例の……。けど探偵さんが、こんなところで何をしてるんだ?」
「今日はお嬢さんに頼まれて、木曜日に出たという幽霊の正体を調べに来ました」
「そりゃ単なる夢だろう」
あからさまに迷惑そうだ。
そんな平吉の正面まで降りて、眞由美も断言をする。
「幽霊は実際にいました。正体もすでに分かっています。それで最良の解決方法について、井上監督と相談したいんです」
「妙な言いがかりは御免だね」
海千山千の眼差しが、同じ高さでぶつかり合って。
直後、眞由美は無造作ともいえる動きで、平吉へ顔を寄せた。
彼女が何か囁き、平吉の目は大きく見開かれ──。