「頼りなさそうだから、彼女に捨てられたのかも」
言いたい放題だ。
名門女子校の乙女たちとはいえ、年頃の女の子。そういったことに興味がないわけがない。むしろ、女子校に通っているからこそ、一層のこと関心があるのだろう。
「どんな女の子が好みですか?」
「何人ぐらいとおつき合いしたんですかっ?」
「別れてどれくらいたっているんですか?」
答えにくい質問を次から次へとあびせかけられる。
「みなさん、静かにしてくださいっ。隣のクラスにまで声が響いてますっ!」
薫が声を張り上げても、女生徒たちの騒ぎは一向に静まらない。
しかし……。
「みなさん、お静かにっ」
先ほど号令をかけた女生徒が、決然とした声とともに席から立ち上がる。
「先生が困っていらっしゃいますわっ」
騒いでいた女生徒たちが一瞬にして静かになった。
いかにもお嬢さまといった容姿の彼女は、たったの一言でクラス全体を落ち着かせたのだ。それだけの風格というか、指導力を持っているのだろう。
(静かになったのはいいけれど、僕の頼りなさが余計に明らかになったような……)
安堵しつつも少し意気消沈する薫。
「申し遅れましたが、私は六条桜子と申します。昨年度まで、このクラスの学級委員を務めておりました」
令嬢の気品をまとったその女生徒は、優雅な仕草で深々とお辞儀をする。
(やっぱり名門女子校だなぁ。今時、こんな女の子がいるんだ)
目を惹かれたのは、彼女の高貴な顔立ちだけではない。彼女の胸元にも視線を吸い寄せられてしまう。ブレザーの胸元は大きくふくらんでいた。ふくらみの豊かさたるや、クラスの中でも群を抜いている。前へせり出したそのふくらみは、手のひらで覆いきれないほど豊かだ。まるで男を挑発しているかのようだ。
ブレザーにできたふくらみを、薫は無意識のうちにまじまじと見つめていた。
(うわっ……。僕、何を考えているんだろう。生徒の胸に見入っちゃうなんて……)
心臓の鼓動を自覚しながら慌てて視線を外す。
ひそかな動揺に見舞われている新任教師をよそに、冷涼な美貌の桜子はクラスメイトたちに向けて諭した。
「先生への質問はひとりひとつずつ」
(えっ。質問責めは終わらないの?)
とっさの対応策が思い浮かばずに、薫は身体を硬直させているばかりだ。
「手短な自己紹介を添えれば、先生にも顔を覚えていただけて一石二鳥ですわ」
桜子は、仕切るのが当然だとでも言わんばかりにクラスメイトたちへ指図する。
そして薫からの諾否を聞く前に、優雅な会釈をして席に着いた。
「じゃあ、まずは私から質問っ」
焦げ茶ポニーテールの少女が、勢いよく席から立ち上がる。
「ええっと、陸上部の山城飛鳥です」
まわりの級友に対してというよりも、薫に対して自己紹介をした。
飛鳥は、挑発するような、あるいはからかうような目で新任教師を見つめている。
「ああいう胸の大きな女の子と……」
と言って桜子を指さす。
「こんな感じの胸の小さな女の子と……」
そう言って指さしたのは、眼鏡をかけた可愛らしい女生徒。
例えとしてあげられた桜子も、気品ある顔をほんのりと桜色に染めていた。胸の小さな女の子として名指しされた眼鏡美少女も、うつむいて顔を赤らめている。
「どっちが好みですか?」
またしても答えられない質問だ。
「えっ? それは……その……どちらも魅力的だと思いますけど……」
「それじゃあ答えになっていないと思います。どちらか一方を選んでください」
(そんなこと言われても……)
薫は、教壇の上で立ちつくしている。
この状況を救ってくれたのは、またしても桜子だった。
「飛鳥さん。いい加減になさいっ」
語気を荒らげて立ち上がり、ポニーテールの同級生を厳しい視線で射抜く。
「そのように破廉恥な質問の例えとしてあげられるのは、誠に不愉快ですわ」
お嬢さまに睨まれても、飛鳥は平然としている。
「堅いこと言わないでよ。現に桜子は、クラスどころか学年でもナンバーワンのバストサイズを誇っているんだから」
「これでも私、近いうちに見合いを控えている身ですの。はしたない冗談はやめてくださらない?」
桜子の口から発せられた『見合い』という言葉に、教室中がどよめいた。
「ええ? 桜子さん、お見合いをなさるの?」
「卒業を待って結婚かしら?」
「でも、今時こんな年齢で結婚するというのは、どうなのでしょう……?」
女生徒たちは互いに顔を見合わせ、見合いという一大事についてささやきを交わしている。どうやら、薫への興味が一時的にそれたようだ。
当の桜子は、自分が口をすべらせてしまったことに気づいて、少し顔を赤らめている。毅然とした表情をしたまま、頬をほんのりと染めていた。
すかさず薫は声を張り上げた。
「桜子さんの個人的なことは、次の休み時間にでも話し合ってくださいね」
こうして薫は、どうにかこうにかホームルームを先に進めたのだった。
第一章 誘惑の放課後
「ありがとうございます。先生のおかげでよくわかりました」
眼鏡をかけた女生徒は、ほんのりと頬を染めたまま一礼した。
彼女の名は伊勢由香里。
始業式後の初めてのホームルームの時、『胸の小さな女の子』として例にあげられたのが由香里である。しとやかで知的な大和撫子という感じが、薫の好みに合致していた。しかも、わざわざ薫の教官室へ質問に来るほど勉強熱心である。