女子校生令嬢たちの淫らな保健実習

「授業でわからないところがあったら、いつでも来てください」

由香里はもう一度深々と一礼してから国語教官室を後にした。

薫は、やさしい笑顔で女生徒を見送ってから、ひとりひそかに安堵の溜め息をつく。

(何とか先生らしく振る舞えたかな)

薫が教師という役割を演じ、少女たちが生徒という役割を演じてくれる限り、双方の間での意思疎通はうまくいっていた。

だが、ひとりの人間として少女たちと相対した時に、うまく導く自信がない。

そんなことを考えていた時、またしても扉がノックされた。

「失礼いたしますわ」

高貴さと高慢さとが入り混じった声。

「お邪魔しまーす」

どこか気だるくて斜に構えた感じの声。

ためらう様子もなく教官室の扉を開け、二人の女生徒が入ってくる。

ひとりは、良家の令嬢といった印象の気品ある少女。

艶やかな黒髪は長く、歩くたびに揺らめいて輝きを放っていた。ブレザーの胸元は大きくせり出しており、豊かな肉感美を誇示している。目鼻立ちが整ったその顔は、優美な中にどこかしら冷ややかなものを漂わせていた。

もうひとりは、名門女子校の規範から少し逸脱した感じの少女。

ポニーテールにした髪は深い栗色をしている。世間一般では何ということもないが、ここ姫琴女学院ではかなり目立つ。すらりとして背は高く、身体は引き締まっている。運動は全般的に得意そうだ。野性味の感じられる美貌は猫科の肉食獣を思わせる。

この二人の名前は初日に覚えていた。

ひとりは六条桜子。学年最上位の成績を誇り、今年度も学級委員を務めている。

もうひとりは山城飛鳥。成績最下位グループの陸上部員である。

「薫先生。少々お時間をよろしいでしょうか?」

桜子の言葉は慇懃であるが、断ろうにも断れないような圧迫感をともなっていた。そもそも断られることなど考えていない、とでも言わんばかりである。

「先生の授業で、理解しにくい箇所がありましたので」

令嬢生徒は、澄ました表情で新任教師を見据えていた。

「えっ……」

薫は、精神的に半歩後ずさりをする。

全く同じ内容の言葉をつい先ほど由香里から聞いたはずなのだが、桜子の口から放たれた言葉はなぜか責めているように聞こえてしまう。

「そ、それは申し訳ないです……。僕の教え方が悪かったのかな……」

「はい。薫先生の教え方が未熟だから、授業についてゆけない生徒がでるのですわ」

歯に衣着せずに言われて。薫は少なからず打ちのめされていた。

「僕の授業……そんなにわかりづらかったですか?」

「私のように予習をしていれば、薫先生程度の授業でもついてゆけるのですが……」

桜子は、憐憫のこもった瞳でちらりと飛鳥を見やった。

「あまり勉強が得意でない生徒だと、確実につまずきますわ」

「何で私の方を見るのよ」

ポニーテールのスポーツ美女は、少し拗ねたような顔つきをする。

「そうですか……。僕の授業、そんなにわかりづらかったですか……」

落ち込んでいる薫に、飛鳥が助け船を出してくれた。

「別に、薫先生のことを責めているわけじゃないですよ」

野生の香りがする美貌には、やさしげな微笑が浮かんでいる。

「でも、生徒が理解できるように、きちんと説明していただきませんと」

飛鳥は、机の脇からまわり込んできて、薫の右側に身体を寄せた。

「教師としての責任、果たしていただきますわ」

桜子も、机の左側からまわり込んできて、新任教師のかたわらに寄り添う。

「えっ? 責任って言われましても……」

女生徒に左右から挟み込まれ、薫は反射的に身をのけ反らせた。

そのまま後ろへひっくり返ってしまいそうになる。

「うわっととっ」

慌てて姿勢を戻してから、恐る恐る女生徒二人の顔をうかがった。

「質問にならいくらでも答えますが……」

桜子と飛鳥とは顔を見合わせて、してやったりという感じで微笑する。

「色々なこと、教えてくださいね」

飛鳥は、にやにやと意味ありげに笑いながら一層のこと身体をすり寄せてきた。

「ちょっと飛鳥さん。勉強する気がありますの?」

そう言っている桜子も、薫の左側に身体を密着させてくる。

「あ、あの……二人とも……」

左右から、ほんのりとよい香りが漂ってきた。何とも甘酸っぱい匂いが女生徒二人の髪やうなじから香ってきて、鼻孔をくすぐられる。

それだけではない。

ブレザーの布地を通して、少女の身体の感触が伝わってきた。制服とスーツとに隔てられているとはいえ、若い女の子のやわらかさが感じられてしまう。

(はうぅぅ……)

罪悪感やら恥ずかしさやらがこみ上げてきて、身体が熱くなる。胸が高鳴る。

「そ……そんなにくっつかれると……」

薫の弱々しい抗議は、あっさりとかわされてしまった。

「まずは、この部分の解説からお願いいたしますわ」

令嬢生徒は、教科書の一部分を指し示す。

「やっぱりここですか。ついさっき、別の生徒に同じところを質問されました……」

教師としての未熟さを噛みしめながら、懇切丁寧に解説した。

「どうです? 理解できましたか?」

桜子と飛鳥は、新任教師の身体を左右からぴったりと挟み込んで、中腰の姿勢でひとつの教科書を覗いている。

「うーん。よくわかんないです」

そう答えた飛鳥の口調は、さして困っているように感じられない。

「薫先生の教え方が悪いんだと思います」