「ち、違うよ。バイト先で穿いてたやつは、帰ってきてからまだ洗濯してないし。新しいのは、もう二枚しか残っていなかったんだ」
「どっちにしたって、下着は必要よね。私が選んであげる。これにしなさい」
男性用の下着売り場の前で、夏美がビニール袋に入ったパンツを無造作に掴み上げる。
「これって……ブリーフじゃないか。しかもこんな際どいのやだよ。僕はトランクス派だし」
「あら。あんたは見かけがパッとしないんだし、せめて下着ぐらい凝らないとダメよ。うん、そうしなさい。四枚ぐらい買っておけばいいわね」
芳彦の好みなどまるで無視、夏美は青や紫色の下着を手にし、すたすたとレジへ歩いていく。
これから先も、彼女の性格が変わるなどということは、天地がひっくり返ってもなさそうだ。
小さな溜め息をついた芳彦は、ふととなりにある女性の下着売り場へと視線を向けた。
男性用と違い、デザインも色も、そして店内スペースも華やかな造りになっている。
かわいらしい下着や大人向けの下着が置かれているなか、芳彦はマネキンに着せられているランジェリーに目線を留めた。
ビキニタイプのレース模様のショーツは布地が薄く、下手をしたら女陰まで透けてしまうのではないか。
君江のベビードール姿を思い浮かべた芳彦は、一瞬にして心臓をドキドキさせた。
(あんなエッチな恰好で迫られたら、絶対拒否できないよな)
人妻との禁断の関係に不安はあるが、どうしても昨夜の淫らな体験が忘れられない。それでも芳彦はふと、夏美のことを考えていた。
(そういえば……夏美はどんな下着を穿いているんだろう。あの勝ち気な性格だと、まだコットンの白パンツかな? それともかわいらしい動物のプリントが入った幼女パンツ?)
その姿を想像した芳彦は、思わずクスリとほくそ笑んだが、その直後、耳朶に激痛が走った。
「アイタタタタ」
「何やってんのよ! にやにやしていやらしい。さっさと行くわよ」
いつの間にか会計を済ませた夏美が、眉尻を上げながら芳彦の耳を強く引っ張っている。
「ちょっと、夏美! 痛い。耳がちぎれちゃうよ」
周りの客たちの失笑に顔を真っ赤にさせながら、芳彦は夏美とともにスーパーを後にした。
夏美の自宅へと戻った芳彦は、その足で廊下側から喫茶店へと向かった。
まだ昼前ということもあり、店内はそれほど混んでいない。芳彦は、すぐさま百合子への挨拶を済ませた。
「ご無沙汰してます」
百合子は昔と変わらない、マリア様のような温かい笑みを送ってくる。
母親のいない芳彦にとって、いつも優しい百合子は特別な存在でもあった。家事全般から人生の悩み事まで、何度相談に乗ってもらったことだろう。
「ホントに久しぶりだわ。それにしても大変だったわね」
「ええ。飛び上がるぐらい、びっくりしました。それよりいいんですか? 僕なんかが泊まっちゃって」
「もちろんよ。だって、子供の頃は何度も泊まりにきてたじゃない」
百合子はそう答えたものの、やはり年頃の娘と一つ屋根の下に住むということを考えると、気後れしてしまう。
(ひょっとして、僕が中学生みたいに見えるから、安心しきっているのかなぁ。もっとも百合子さんは、昔から細かいことを気にしない大らかなところがあったけど)
百合子は微笑を絶やさず、言葉を重ねてきた。
「芳彦君は私の息子みたいなものなんだから、遠慮することなんて一つもないんだからね」
「お母さん、だめよ。甘やかしちゃ。お金だって、ちゃんと取らないと」
それまで横に佇んでいた夏美が、突然横槍を挟んでくる。
「また、あなたはそんなことを言って。それよりも、芳彦君を早く部屋のほうへ案内してあげなさい」
百合子にたしなめられ、頬をプクッと膨らませた夏美は、芳彦の顔をキッと睨みつけた。
(な、何だよ。夏美って、いったい何考えてるんだ?)
「行くわよ!」
「それじゃ、百合子さん。しばらくごやっかいになります」
「あ、サンドイッチを作ったから、これを持っていって、二人で食べなさい」
タマゴサンドや野菜サンドを載せた皿を手渡され、芳彦は恐縮しきりで、その場を後にした。
「早く!」
廊下の奥で、夏美が手招いている。
(あれ? 確か、あの部屋は百合子さんの寝室だったような)
芳彦が足早に向かうと、室内は普通の客間のような雰囲気に様変わりしていた。
「お母さんは、二階の私の部屋のとなりに移ったの。芳彦がいつ狼に変身して襲いかかってくるか、わからないしね」
「そ、そんなことするわけないでしょ。でもやっぱり百合子さんは、夏美のことを心配してるんだね」
「あら、別に心配なんかしてないわよ。私のほうから、そう提案したんだから」
「え? そうなの?」
「そうよ。二階の部屋の壁って結構薄いし、風通しも悪いから、私の部屋のドアはいつも開けっ放しにしてるの。あんたがとなりにいたら、扉を閉めなきゃならないでしょ?」
「なるほど」
なんやかんや言いながら、夏美も多感な年頃の乙女だということだろう。
芳彦は妙に納得すると、さっそく客間へと足を踏み入れた。
アパートの修繕が終わるまで、ここがしばらくの仮住まいとなる。室内には、いまだ百合子の甘い残り香が漂っているようだ。
「勉強机はさすがにないけど、そこにある大きなテーブルを使って」