「三上、どうした? さっきから様子が変だぞ」
クラスメートの視線が一斉に注がれる。
背中に冷や汗を滴らせた芳彦は、咄嗟に口からデマカセを言い放った。
「す、すみません。ちょっと、さっきからお腹が痛くて」
「う~む、辛そうだな。保健室に行ってこい」
「は、はい」
険しい顔をしながら椅子から立ち上がった芳彦だったが、内心はしめたと思っていた。
(よかった。こんな状態で授業なんて受けてられないし、保健室へ行って気持ちを鎮めてこよう)
ところが後ろの出口へ向かったところで、一人の女生徒が涼やかな声を発しながら手を差し上げた。
「先生。私、保健係なので、三上君についていってあげたいんですけど」
「ああ、そうだな。それじゃ頼む」
(ええーっ?)
芳彦は思わず目を剥いた。その女生徒は、紛れもなく夏美だったのである。
(夏美の奴、いったいどういうつもりなんだよ)
扉の前でおたおたしていると、夏美はふだんどおりの落ち着いた表情でやってくる。そして芳彦の肩に手をかけ、ドアを開けながら廊下側へそっと押し出した。
半勃ち状態のペニスを両手で覆いつつ、保健室へ向かって歩を進めるなか、妙な緊張感が二人の間に漂う。
最初の角を曲がったとたん、夏美はやや眉尻を吊り上げ、憤然とした顔つきへと変わった。
「ふん。何が気分が悪いよ」
「は、はい?」
ドスの利いた声を耳にした瞬間、心臓がドキリとし、思わず肩を竦めてしまう。
「顔色なんか、全然悪くないじゃない。ちゃんと知ってるんだからね。外ばかり見て、変なとこをずっといじってたでしょ。いやらしい!」
(み、見られてたんだ)
「椅子から立ち上がったときに、窓の外をチラリと見たけど、あれはひょっとして三年の水泳の授業かな?」
「あ、あの……」
芳彦は口ごもった。夏美にはすべてお見通しのようで、おそらく莉奈を見て昂奮していたことも感づいているに違いない。
「すごい辛そうだったよね? 腰をくねくねさせて」
「そ、そんなこと……」
恥ずかしさで芳彦は顔を真っ赤にさせたものの、その直後夏美はいきなり優しそうな笑みを湛えた。
「ひょっとして……また私にしてほしい?」
「え?」
びっくりした顔を向けながらも、萎靡しかけていたペニスがズキンと疼く。同時に浴室での出来事が甦り、芳彦の逸物には再び強靭な芯が注入されていった。
(し、してほしい!)
あの気持ちよさを思い出すと、拒絶など到底できそうにない。
芳彦は生唾を呑み込むと、やや困惑の表情を装いながら言い放った。
「夏美が、どうしてもしたいって言うんなら……」
そう答えた瞬間、夏美が再び柳眉を逆立てる。
(や、やばい)
直感でそう思った直後、夏美の形のいい右膝は、猛烈な勢いで芳彦の股間に喰い込んでいた。
「あ、ぐぅぅぅぅう」
凄まじい金蹴りに、立っていることさえままならず、その場でうずくまってしまう。
「ふん! これは変なことを考えていたお仕置きだからね」
そのまま教室に戻る夏美の後ろ姿を、芳彦は涙目で見送った。
(ひ、ひどい。何もここまでしなくても。夏美の奴、いったいどういうつもりなんだよ)
おかげで昂奮は収まったが、今度は股間の鈍痛感で気分が悪い。芳彦はなんとか立ち上がり、内股ぎみに保健室へと向かった。
「アイタタ」
下腹を押さえながら保健室の扉を開けると、椅子に座っていた保健師が後ろを振り返る。
(あ、君江さん。今日は、君江さんの出勤の日だったんだ)
君江は、白のブラウスに紺色のタイトスカートの上から白衣を着ている。先日見せた妖艶な表情はすっかり鳴りを潜め、どこから見ても教育者らしい、毅然とした顔つきをしていた。
「どうしたの?」
「あ、あの、ちょっと気分が悪くて。ちょっと休んでもいいでしょうか?」
「いいわよ。寝不足?」
「え? いえ。ちょっとお腹が痛くて」
「それじゃお薬も用意しなきゃね。一番端のベッドを使いなさい」
君江は心配そうに言い放ったあと、そのまま薬の入っている棚へと歩み寄った。
保健室の反対側の壁脇にはパイプベッドが三脚設置されており、それぞれの間に、白い布地のついたつい立てが横並びに二つ置かれている。
もちろん白いカーテンでベッドの周りを覆うこともできたが、さらにベッド間を仕切ることで安心感を与えようという、細かい配慮がなされているのだろう。
芳彦は指示されたベッドに歩み寄ると、そのままシーツの上にペタリと腰を下ろした。
股間の痛みはかなり収まったものの、鈍痛感はまだ引かない。
芳彦が口元を歪めながら下腹を擦っていると、薬と水を入れたコップを手にした君江が心配げな表情でやって来た。
「大丈夫? はい、お薬」
「あ、すみません」
芳彦が薬を受け取り、水で胃の中に送り込むと、君江は突然困惑した顔つきをする。
「芳彦君」
「はい」
「このあいだのことはごめんなさい」
その言葉を受け、芳彦は君江の謝罪が、先日誘惑してきたことだと、すぐに理解できた。
「私、シラフに戻ってからは死ぬほど悩んだのよ。保健師を辞めようとさえ思ったんだから。ホントにどうかしてたわ。お願い、あのことは絶対誰にも言わないでね。こんなことが知れ渡ったら、私この町にも住めなくなっちゃうわ」
「え、ええ。もちろんです。僕、誰にも言ってませんし」