幼馴染みと学園のアイドル 女子高生たちの恥じらいの放課後

夏美は防水用のCDラジカセを側に置き、ヘッドフォンを耳に当てていた。

シャカシャカと聞こえてきた音は、音楽の曲だったのだ。

おそらく芳彦が入室してきたときの音は、まったく聞こえていなかったのだろう。

夏美も事態が呑み込めないのか、目をまん丸にしている。二人の視線が絡み合っていた時間は、ほんの数秒だろうか。

夏美は唇をわなわな震わせると、衣を引き裂くような悲鳴をあげた。

「きゃぁぁぁぁぁっ!」

「うわっ」

「芳彦! いったいどういうつもり!?」

夏美は防水用のヘッドフォンを耳から外すと、膝を折り曲げ、両手で胸を隠す。

「ご、ごめん!」

芳彦は慌ててその場から出ていこうとするも、足を滑らせ、そのまま頭から湯船の中へと真っ逆さまに落ちてしまった。

おでこをバスタブの底にしこたま打ちつけた瞬間、瞼の裏で白い火花が飛び散る。

「きゃあぁ!」

夏美はすぐさま立ち上がり、フックにかけておいたバスタオルを身体に巻きつけると、芳彦の身体を起こした。

「ゲホッ! ゲホッ!」

水を呑んで咳き込む芳彦を、夏美は心配そうに見つめている。

「芳彦、大丈夫?」

「な……なんとか。はあ、もう死ぬかと思った」

「や、おでこから血が出てるよ」

「えっ」

指で触ってみると、激痛が走る。指先には血が着いており、どうやら額を切ってしまったようだ。

夏美はバスタブの縁に置いていた自分のタオルを手に取ると、四つに畳み、芳彦のおでこにそっと押し当てた。

「ちょっと腫れるかもしれないけど、傷はそんなに大きくないわ。ああ、びっくりした。私がお風呂に入ってること気づかなかったの?」

「だって、雷が落ちて、停電になってたんだよ。夏美、真っ暗闇の中で、よく一人で入ってたよね」

「え? 停電? 私、音楽聞きながらうとうとしちゃって、雷が落ちたことも停電になったことも気づかなかったわ」

「それでバスタブのほうから、人の気配が伝わってこなかったんだ。シャカシャカっていう音だけは聞こえてきたんだけど」

「バカね。その音で気づきなさいよ。ほんとに鈍いんだから」

そう言いながら、夏美は芳彦の額の傷を確認する。

「血はだいぶ止まってきたみたい。痛い?」

「うん、まだちょっとズキズキする」

芳彦がタオルを自ら押さえると、夏美はホッとひと息つき、バスタブの側面に背中を預けた。

「いつの間にか、こんなに降ってたのね」

窓の外からは、相変わらず強い雨の音が聞こえてくる。しばしの沈黙が流れると、芳彦は急に羞恥心を覚えはじめた。

年頃の男女が、まるで新婚夫婦のように向かい合わせで入浴しているのである。これはどう考えても、不自然な状況だ。

いたたまれなくなった芳彦は、俯き加減でぽつりと告げた。

「そ、そんなことより……夏美、僕、もう出ていくよ」

「だって、頭からまだ血が出てるよ。脳しんとうでも起こしてたら大変だし、このまま入ってなよ」

「じょ、冗談でしょ。こんな場面を百合子さんに見られたら、その場で追い出されちゃうよぉ」

「大丈夫よ。この激しい雨じゃ、君江叔母さんの所から帰ってこれないわ。恥ずかしいんだったら、タオルで身体を隠せばいいでしょ?」

そう言いながら、夏美はバスタブの外へ手を伸ばし、タイルの上に落ちていた芳彦のタオルを取って手渡す。

芳彦はタオルを広げ、前面を隠すように湯船に浸らせた。

狭い浴槽の中、向かい合わせの形に座った二人の肌と肌が触れる。

(この歳になって一緒に風呂に入ってるなんて、どうにも変な気分だな)

夏美と入浴するのは、小学校低学年の時以来だ。

「芳彦、どう? 湯加減は?」

「うん、ちょっとぬるいけど、ちょうどいいよ」

そう答えながらも、バスタオル越しの胸の膨らみと谷間に目がいってしまう。

夏美はやや伏し目がちのまま、片手で掬ったお湯を肩からかけていた。

きめの細かい白い肌がしっとりと濡れるも、すぐに水を弾いていくその様は、さすがに十代の若い女の子のことだけはある。

桜色に上気した夏美の顔を、芳彦は上目遣いでじっと見つめた。

身体は成長しても、ベビーフェイスの容貌はずっと変わらない。

(悔しいけど、やっぱり可愛いよな。それに今は結構優しいし)

「芳彦、どう? 血は止まった?」

「あ、うん」

タオルを外してみると、新しい血はほとんど付着しておらず、夏美がホッとした表情を見せる。

「よかった。止まったみたいね」

「それじゃ、僕はこれで……」

芳彦が立ち上がろうとしたその刹那、それまで温厚な表情をしていた夏美は突然真顔へとなった。

「ちょっと待って」

「え?」

「芳彦に……その……聞いておきたいことがあるの」

「な、何?」

よほど聞きづらいことなのだろうか。夏美はいったん目を伏せたあと、決心したかのように顔を上げた。

「あんた、三年のいながきさんのことが好きなんですって? 彼女とつき合いたくて、美術部を選んだって話を聞いたんだけど」

その言葉に、芳彦は泡を食った。

稲垣は清楚で上品なお嬢様風のルックスで、男子生徒たちから一番人気の学園のマドンナであり、芳彦も羨望の眼差しを送る美少女だったのである。

莉奈が所属する美術部に入部したのも、彼女に少しでも近づきたいと考えてのことだったが、夏美はなぜそんなことまで知っているのか。