幼馴染みと学園のアイドル 女子高生たちの恥じらいの放課後

(え?)

唖然とする芳彦を上目遣いに睨みつけたあと、夏美は涙で膨らんだ瞳を逸らし、そのまま逃げるように走り去っていく。

(夏美が泣くなんて。いったいどうなってるんだよ)

芳彦はそう思いながらも、胸を突き刺すような痛みに戸惑うばかりだった。

翌日の放課後、芳彦は荷物をまとめ、百合子とともに君江の家へと向かった。

本日は美術部の部活があったのだが、芳彦はあえて無断欠席をした。

気分的に莉奈と顔を合わせたくないという理由もあったが、その一番の原因は夏美の態度だった。

昨夜の夏美は部屋に閉じこもったまま、今日も体調が悪いと学校を休んでいる。芳彦が家に帰ってからも、部屋からいっさい出てこなかった。

結局挨拶を交わすこともできず、芳彦は夏美の家を後にしたのである。

(昨日はいくら何でも、ちょっと言い過ぎちゃったよな)

反省しながら俯き加減で歩いていると、百合子が申し訳なさそうに口を開いた。

「芳彦君、ごめんなさいね。わがままな子で」

「いえ、いいんです」

いつもは癒しを与えてくれる百合子の言葉も、このときばかりは効果がない。

「夏美と何かあったの?」

百合子に問いかけられると、芳彦は唇の端を歪めた。

「昨日、ちょっと……ひどいこと言っちゃって。百合子さん、ごめんなさい」

「あら、私に謝ることなんかないわよ。どうせあの子が、また無茶なことを言ったんでしょ?」

苦渋の顔つきで黙り込んだ芳彦から、百合子はただの喧嘩ではないと気づいたようだ。フッと小さな溜め息をつくと、儚げな笑みを浮かべながら呟いた。

「あの子は……芳彦君のことが昔から好きだったのよ」

「え? ええっ! まさか」

百合子の放った言葉は、芳彦に大きなショックを与えた。これまでの夏美の態度を振り返っても、とてもそんな感情を抱いていたとは思えない。

「あの子はああいう性格だから、わかりづらいとは思うけど、私はずっと前から気づいていたわ。だからといって気にしないでね。芳彦君の気持ちだって、大切なことなんだから」

衝撃的な事実を告げられ、頭の片隅にしかなかった夏美の存在が急激に膨らんでくる。

(まさか、あの夏美が僕のことを好きだったなんて。それなのに、どうしてあんなひどいことを言っちゃったんだろ)

「それじゃ、私は君江の所へ行ってるわね」

いつの間にかアパートに到着し、百合子は涼やかな笑顔で門扉を開けていた。

「あ、どうも。本当にお世話になっちゃって。ありがとうございました」

「いやだ。そんな他人行儀なこと。またいつでも遊びにいらっしゃい」

軽く手を振り、百合子は母屋へと歩いていく。その後ろ姿に向かって、芳彦は再度深々と頭を下げていた。

その夜、芳彦は一人部屋の整理をしていた。

窓ガラスとひび割れた壁はすっかりと修繕され、以前とまったく変わらない様子を取り戻している。

それでも芳彦の胸は、まるで鉛でも呑み込んだように重苦しかった。

(僕は……夏美のことが好きなのか?)

芳彦は何度も自問自答を繰り返していたが、夏美の気持ちを知ってしまった以上、喧嘩別れしたままの状態ではいけないという、漠然とした不安感に襲われてしまう。

(どうするのが一番いいんだろう。とにかくまずは一度会って……でも会ってくれるかなぁ?)

あれこれと思案しながら散乱していた本を棚に戻していると、母屋のほうから君江の声が聞こえてきた。

「あら、夏美ちゃん。わざわざご苦労様」

(え? 夏美)

芳彦は全身を硬直させ、耳に全神経を集中させた。

「叔母さん、これ。お母さんが届けてくれって」

体調は良くなったのだろうか。いや、もともとどこも悪くはなかったのかもしれない。

(ひょっとして、百合子さんが気を利かせて、夏美に用事を言いつけたのかも)

夏美は君江の家に上がり込んだのか、それ以上の会話は聞こえてこない。

十分、二十分。いても立ってもいられず、まるで動物園の熊のようにソワソワと部屋の中をうろついてしまう。

何を話したらいいのか頭の整理がつかなかったが、最後の挨拶を済ませていないのは、どう考えても不自然だ。

(と、とにかく、まずはちゃんと謝ろう)

三十分後、母屋の玄関の引き戸が開く音が聞こえてくる。芳彦は脱兎のごとく、ドアの前へと走っていった。

「それじゃ、お姉さんによろしくね」

「うん」

夏美が門扉へ歩いてくる気配が伝わってくる。芳彦は意を決すると、ドアを開け、門から出ていこうとする夏美を呼びとめた。

「あ、あの。夏美」

「何?」

まだ昨日のショックを引きずっているのか、夏美の顔の表情は固い。

「ちょっといい? 話があるんだけど」

夏美はしばし間を置いたあと、ドアまでゆっくりと歩み寄り、芳彦はすかさず部屋へと招き入れた。

「ごめん。昨日はひどいこと言っちゃって」

「いいのよ。私より稲垣さんのほうが、全然きれいでかわいいもんね。私なんか足下にも及ばないお嬢様だし」

夏美は拗ねたように、顔をプイッと横に向ける。芳彦は額の汗を手の甲で拭いながら、必死の弁明に終始した。

「そんなこと言わないで、もう機嫌を直してよ。僕と稲垣先輩はそんな関係じゃなくて、もともと絵のモデルになってくれということだったんだから」

「ふ~ん。それでエッチまでしちゃったの。いやらしい! 不潔!」