「は、はあ」
「証拠はちゃんと見つけたの。携帯メールで、《好きだ。愛してる》だなんて送ってたのよ」
「旦那さんの携帯を……見たんですか?」
「見たわよ。妻なんだから、その権利はあるはずだわ。それなのに、そのメールは冗談で送ったものだなんて、見え透いた嘘をついて。どうやら半年以上、不倫の関係を続けていたみたい」
今の芳彦は、箸の動きが完全に止まっていた。
いくら酒に酔っているとはいえ、高校生に夫婦関係のいざこざを話すぐらいだ。よほど鬱憤が溜まっているのだろう。
そのあとも、君江は夫に対する不満を、独り言のようにぶちまけてくる。
(困ったな。この様子じゃ、君江さんは酒癖もちょっと悪いみたいだぞ)
やや俯き加減で頷くばかりの芳彦だったが、君江は突然頬杖をつきながら甘ったるい声を発した。
「ねえ。そういえば芳彦君って、彼女はいるの?」
「え? ど、どうしたんですか? いきなり」
「だって芳彦君は、うちの旦那と違って優しいもの。まさか浮気なんかして、女の子を泣かせるようなことはしてないわよね?」
まさかこの流れで自分に話を振ってくるとは思わず、芳彦は焦りながらも正直に答えた。
「そんな……僕に彼女なんていませんよ」
「あら? そうなの。モテそうなのに。でもこれまで女の子とつき合った経験はあるんでしょ?」
「あ、ありません」
十七歳にもなって、いまだ異性との交際経験が一度もない童貞少年。その事実をはっきりと突きつけられたようで、芳彦は羞恥から顔を真っ赤にさせた。
「一人も?」
「ええ」
上目遣いで窺うと、君江は意外そうに目を丸くしている。
(やっぱり君江さんからしたら、信じられないことなのかな。相手が年上の人妻じゃなかったら、僕だって見栄を張ったんだろうけど)
言わなければ良かった。思わずそう考えた芳彦だったが、君江が口元に妖しい笑みを湛えると、一瞬にして心臓をドキリとさせた。
「ふうん。そんな風には見えなかったけど」
君江はそう告げると、椅子の背もたれに背中を預け、腕組みをしながら足を組む。
その瞬間、両腕に押し上げられた果実のようなバストが大きく揺れ、スカートから伸びている肉づきのいいはち切れんばかりの太股は、まるでプディングにような弾力を示した。
君江は初心な童貞少年をからかうように、再度問いかけてくる。
「でも、好きな子ぐらいはいるんじゃないの?」
「あ……あの、それは……」
芳彦が口ごもったことで、君江は意を得たようだ。
「まあ、そうよね。あなたぐらいの歳なら、好きな女の子の一人や二人いたって至極当然のことだわ」
そのことに関してはそれ以上聞かず、君江は朗らかな微笑を浮かべている。
芳彦はホッとしたものの、次の瞬間、心臓が止まりそうなほどのショックを覚えた。
「それじゃ……自分で処理してるわけね」
「え?」
芳彦は、一瞬自分の耳を疑った。
顔を上げて君江を見つめると、彼女はいつの間にか瞳をキラキラさせている。
芳彦は額に脂汗を滲ませながら、慌てて俯いた。
「別に恥ずかしいことじゃないのよ。私だってしたことあるんだから」
「え?」
無意識のうちに、自慰をしている君江の姿が脳裏に浮かんでくる。女の人も、そして夫のいる人妻さえオナニーをする。
その事実が芳彦の心を捉え、全身の血が一気に逆流していった。
(君江さん、いったいどうしちゃったんだよぉ。今までこんなエッチなこと、聞いてきたことなんてないのに)
「してるんでしょ? オナニー」
君江は、狼狽えるばかりの童貞少年にさらなる追い打ちをかけてくる。
「そ……それは」
肩を小さく震わせる芳彦を尻目に、君江はゆっくりと椅子から立ち上がり、食器棚へと歩み寄った。
君江の一挙手一投足を、芳彦は瞬きもせずにじっと見つめていた。
(何だろう? いったい何をするつもりなんだ?)
君江は食器棚の前へ立つと、中段にある小棚の引き出しを開け、中から一冊の本を取り出す。その本を見た瞬間、芳彦は心の中で(あっ!)という叫び声をあげた。
君江が手にしていた本は、間違いなく芳彦の私物であり、また人には絶対に見られたくない代物であった。
(嘘だろ? なんで君江さんが、あの本を?)
表紙の横文字と、美しい金髪女性の裸体が目に飛び込んでくる。
それはクラスメートの悪友から借りていた、輸入版の無修正ポルノ雑誌だった。
しかも女性のヌードばかりではなく、男女の性器や絡み合う姿がこれでもかと掲載されている、過激なハードコアだったのである。
部屋の中は本棚が倒れ、そこから本がばらまかれるように飛び出していた。
(そうだ。あの雑誌は、確かあの棚に置いていたはずだ)
おそらく君江は事故の直後、部屋の様子を見にきたときに、その本を手にしたに違いない。
「いくら何でも、これはまだ高校生には早いわね」
そう言いながら君江はページをペラペラ捲り、ゆっくりと近づいてくる。
(ひょっとして、殴られるんじゃ?)
芳彦は肩をビクリと竦めたものの、君江の指が雑誌の中ページ付近で止まると、思わずハッとした。
そのあたりのグラビアには、男女の一番淫らなシーンが大写しで掲載されている。
結合シーンを始め、女が男の巨大な逸物を頬張り、大量の白濁を顔に受けているカット、もちろんクンニやシックスナインのグラビアもある。