そこで、いったん言葉を切ってから、念を押す。
『もし、何かキミが問題を起こしたとしてもボクは知らないからね』
『勝手にしなさい』
完全に突き放してしまう、下呂井の物言いだった。
しかし、下呂井からすれば、当然の対応だった。これからこの少女を治療するにせよ、調教するにせよ、少女の覚悟のほどを確認しておかねばならない。まだ決めていないのであれば、今、決めさせなければならなかった。
それは小雪にもわかった。
(お姫様であれ、奴隷であれ、自分の運命は自分で選択するしかないのね)
小雪は自分に向かってうなずき、制服に手を伸ばした。
しゅるしゅる。
緊張しながら少女の様子をうかがっていた下呂井の背後で、衣擦れの音がし、放課後の保健室に響いた。
どうやら、少女は覚悟を決めた様子だった。
ぱさッ。
白瀬小雪が上着を椅子に掛ける音を、下呂井は背中全体で聞いた。
続いて、
しゅるしゅるッ。
細いネクタイが白いブラウスの首まわりで擦れる音がし、さらにボタンを外す音、ついでホックをはずす音がした。
ぷつッ。
しかし、なおも下呂井は幼い女学生から背を向けたままだった。机の上にあったすでに読んでいた書類に意味もなく視線を走らせる。もちろん、下呂井は振り返って少女の様子を確かめたかったが、『そんな真似をすれば、この少女に弱味を握られる=下呂井というオトコが白瀬小雪という少女に本気になっている、真剣に惚れかけている、いやすでにそうなっているという事実を知られてしまう』という恐れを抱いていたからだった。
ほどなく、少女は音を立てるのをやめた。
どうやら、作業が終わった様子だった。
しかし、まだ、下呂井は振り向こうとはしなかった。
まったく無意味に書類を繰り、
ぱらッ。ぱらッ。
ペンを持って、紙の上に虚ろな視線を走らせる動作を繰り返す。
「センセエ」
ようやく少女の声がした。
「なんだい?」
下呂井は必死に演技をして、何気ない素振りをした声を絞り出した。しかし、その声が引っかかり、喉が痛かった。
「ち、治療してください……」
少女の、湿り気のある声に促されて、下呂井はようやく少女の方に振り返った。
──!!!──
下呂井は息を呑んだ。
そこには半裸の少女の姿をした、一輪の花があった。
少女が自分自身の手ではだけた純白のブラウスは花弁であり、その間に見える少女の素肌は花蕊さながらだった。ブラジャーをはずしてあらわになっている薄紅色の尖り、乳首はまるでめしべのようで、風もないのに寒そうに震えていた。
耳たぶや首筋まで真っ赤に染めた面差しや、濃い栗色をし、端を切り揃えて内側に少しだけカールした短めの髪、タータンチェックのスカートなどが、少女の可憐さ、儚いまでの美しさをいっそう引き立てている。
ふるふるッ、わなわなわななッ。
「センセエッ、どうか、私を治療してください……ッ」
(嫌いにならないで)
(捨てないで)
ホントウは小雪はそう言いたかったのだが、その思いを口にすることはできなかった。
小雪は自分の性欲がいびつな、倒錯的なモノであることを薄々は知っていた。
そしてそうであるがゆえに、自分の性癖を理解し、受け入れてくれる異性がこれから先簡単に現れるとは思っていなかった。だから、昨日の夜、処女喪失の鈍痛によく眠れないまま、考えていたのだが、「万引きのコトをネタに強請られて、身を捧げる」という歪んだヒロイズムに酔うとともに、下呂井という男の優しさに賭けてみようと考えたのだ。
だから、今日のように「自分で決めなさい」と言われて戸惑うと同時に、「やはり自分は、そんなに魅力がないんだわ」「やっぱりお姫様じゃないんだわ」「一回やったらそれでおしまいの、白鳥になれない、醜いアヒルの仔なんだわ」という情けない思いに駆られたのだ。
(やっぱり、私は、そんなに魅力がある女の子じゃないんだわ)
その思いに胸が塞がり、小雪の白く滑らかな頰を大粒の水滴、涙が伝わり、流れ落ちる。
一滴、二滴。真っ赤に染まった頬を伝わり流れた雫が、少しだけ尖った顎の先から落ち、雪のように白い胸肌を濡らす。
その様子は一輪の百合の花が朝露に濡れながら、朝日を浴びてすっくと立っている姿を思わせた。
──美しい──
──なんてキレイなんだ──
呼吸することすら忘れて見とれている男性保健医の視線と沈黙に耐えられなくなったのか、花の化身を思わせる少女が羞恥にのぼせたように、姿勢を乱した。
──!!──
倒れ込みそうになる女学生に、下呂井は駆け寄り、その体を支えたかと思うと次の瞬間、唇を奪っていた。
ちゅッ。
『好きだ、好きだ、愛している』
『他の誰よりも君を愛している』
『誰にも渡しやしないぞ』
言葉によらず、そう告げているかのような、いいや、そうとしか思えない抱擁と口づけだった。
ちゅちゅちゅちゅッ。
「うふぅンン……ッ」
小雪にとってそれは、初めて異性と交わす初接吻であったが、下呂井の情熱的な行動に鼻を鳴らして応えていた。小雪にとって、いやすべての少女にとって、ある意味純潔よりも大切な口づけ、初接吻であったが、白馬の王子様に求婚されなくとも、化け物や悪漢たちに襲われるような、襲われる価値があり、魅力的な「お姫様でありたい」と願う小雪からすれば、たとえ『ゲロキモ』と蔑まれ、嫌われている男性教師の求めであっても、素直に(=喜んで♡)受け入れられるものだった。