万引き女子学生調教医療

その証拠に、伊東は喜色満面、ヤニさがり、よだれを垂らさんばかりの表情であり、今にも躍りださんばかりなのに比べ、下呂井はと言えば、何匹もの苦虫を噛みつぶした、渋い仏頂面をブラさげ、腕を組んでいる。下呂井はタキシードを着、伊東にいたっては略式とはいえ完全な礼服だった。

そんな二人の前では、白瀬小雪が見事なばかりに可憐なお姫様、麗しの王女様に 扮装コスプレして撮影されていた。

ぱしゃかしゃッ。

「はぁい、お姫様、こっちを見てくださぁい」

純白のお姫様ドレスを着て、言われるままに笑顔を向けてポーズをとる小雪は長年の念願がかなっていかにも嬉しそうだった。

コスプレといっても、ありあわせの、どこから借りてきたのかわからないような、いかにも安っぽい、出来合いの衣装ではなかった。小雪の体にぴったりと合った、キチンと仕立てられた、しっかりした作りのドレスだ。純白のシルク地に、同じ色、同じ生地を用いたギャザーやレースがふんだんにあしらわれ、金や銀の細い糸を用いて薔薇や飾り紐の刺繍がいくつも配されていて、非常に品がよく、高級感にあふれている。まるで本当に中世のヨーロッパで王侯貴族たちが着ていた衣装のようだった。

髪は大きく左右に分けられ、額を出した小雪の頭の上には、おそらくはニセものであろうが、大小いくつもの真っ白な真珠を銀で飾ったティアラが置かれ、清浄な輝きを四方に放っている。

小雪だけでなく、その年代の少女であれば、誰もが望まずにはいられない、お姫様の格好だった。

ぱしゃぱしゃかしゃしゃッ。

小雪はいかにも楽しそうで、有頂天の様子だったが、下呂井は気に食わなかった。なぜならそのお姫様ドレスはあまりにも肌の露出が多かったからだ。ドレスの胸ぐりが深く、乳首がかろうじて隠れているのにすぎない。後ろも背骨が半分以上覗いてしまっている。さらにはそのドレスには袖自体がなく、胸元から上は完全に裸だ。純白シルク製の長手袋ロング・グローブが肘上まで隠しているが、小さな肩が両方ともあらわになってしまっている。確かに中世貴族の女性たちがそのような衣装を着ていたのは下呂井も知っているが、心安らかにはおれるはずがなかった。

さらに、下呂井が鼻の付け根に皺を寄せずにはおれないのは、小雪を撮影するためにこの場にいる、カメラマンたちとその服装にあった。

皆、下呂井が着ているタキシードや伊東の燕尾服以上に、小雪が扮装コスプレしているお姫様の崇拝者取り巻きにふさわしく、西洋式の正装をしていて、現在でも行われている欧米の上流社会のパーティにもそのままの格好で参加できそうだった。しかも、総勢が二十名にも及び、ちょっと見にはどこかの上流階級の一部が移動してきたような錯覚さえ感じてしまう。しかも──。

「姫、こちらに視線をください」

自ら『モスキート男爵』を名乗る、上下黄金色したキンキラキンの礼装をした、痩せぎすな男が一眼レフのデジカメを構えながら、小雪にそう「お姫様」と話しかけてきて、自分の掲げた手のひらに、小雪の視線を受けると、液晶ビューワーを覗き込んでシャッターを切る。

かしゃかしゃッ、ぱしゃしゃンンッ。

モスキート男爵が済むと、こんどはヘラクレイトス子爵がしゃしゃり出て、腕を胸前に構えながら膝をついて、こうべを垂れる。

「それでは、姫君。やつがれにも目線を頂戴いたしたく存じます」

小雪はうなずき、大きく豪奢なソファの上で身じろぎしながら、白い礼服をまとったヘラクレイトス子爵の方に体ごと向き直る。

金と黒い革、マホガニーの木材などで出来た、ブルボン朝だか、ヴィクトリア朝だか知らないが、いかにも豪華なソファは、お姫様の格好コスプレをした小雪を優しく受け止め、純白の衣装をまとった小雪の魅力をあますところなく引き立てていた。

油断なく四方に気を配る下呂井に気づいたのか、小雪が優しげな視線を送ってくる。

(心配ないよ、小雪姫プリンセス・リトルスノー。キミはボクが守ってあげるからね)

(たとえ、この命に代えてもね)

切なる忠誠の想いを胸に宿しながら、下呂井は微笑む。

ぱしゃッ、かしゃぱしゃしゃッ。

自分が勤める学校に通う、女子学生に心配をかけまいと優しい微笑を浮かべたまま、下呂井は隣にいる伊東にドスのきいた声を放つ。

「……約束は守ってもらうからな」

伊東は首と肩の両方をすくめた。

「……この期に及んでお怖いことですね」

「あったりまえだろう」

下呂井は伊東に、そしてこの場にいる『コスプレ写真愛好倶楽部:ファイン』に所属する男どもに対する不信をまったく隠そうとはしなかった。

あの日、下呂井が伊東から受け取ったメールには、画像が添付されており、その動画データを開いた下呂井は仰天した。

『ああン……ッ、センセエ、見て……ッ、見てください……ッ』

『センセエ……ッ、抱いて……ッ、抱いてくださいぃぃ……ッ』

それは、下呂井と小雪との物置き部屋と化していた、病院の一室で、その日行われた医療(=調教)現場の映像だった。

下呂井は、そして小雪もまったく気づいていなかったが、その使われなくなった部屋には、手術や診療現場などの映像を記録するためのカメラが配されていて、それが生きていたらしかった。