「ああ、この子かい? ボクの知り合いのお嬢さんだよ。新しいコスプレ衣装を作ったので、記念撮影をしたい、とせがまれてね。事務の伊東クンには話を通してあるハズだけども」
『伊東』という、下呂井と菅井の共通の知り合いであるらしい、人物の名前に菅井看護婦は顔をしかめてしまう。
「また、伊東サンですか」
どうやら『伊東』なる人物は危険人物だとは言わないまでも、かなりの問題のある人物らしかった。
「伊東サンにも困ったモノですわ」
「まあまあ、彼も別に悪気があって、やっているコトじゃないんだから」
「悪気があってやられたら、たまったモンじゃありませんッ!」
その伊東サンとやらを弁護するように言う下呂井に、菅井看護婦が怒気を爆発させ、喰ってかかる。
「この前なんか、『次のコミケとかいう即売会で、新しいコスプレ写真集を頒布するんだ』とかいう理由で『看護婦のコスプレをして写真を撮るなら、やっぱり病院だ』とかおっしゃって、看護服を着た女の子と、カメラを持った色んな男のヒトが大挙してやってきたんですよッ。病院中を得体の知れない、薄気味の悪い、しかも当病院とはまったく関係のない、いかにも健康そうな、オトコのヒトがいっぱい徘徊して、撮影しまくり、ちょっとした騒ぎになったんですから。あんなふうに大勢であちこちで撮影して回るものだから、患者さんや、医師や看護人たちが驚いて大変だったんですから」
「あはは。それは大変だったね」
下呂井は笑った。その笑いを菅井は咎める。
「笑い事じゃあ、ありません」
「いや、失敬失敬。ボクはその場にいなかったからわかんないけれど、その様子は大体想像がつくよ」
下呂井はそう言ってから口調を改めた。
「だから、っていうわけでもないけど、今日は撮影するのはボクが一人、モデルも彼女一人っていうわけさ」
下呂井は小雪に流し目をくれた。
「…………」
小雪はといえば、黙っているだけで反応することができない。ただ、下呂井と菅井という名前の年輩の看護婦のやり取りを聞きながら、下呂井がそういうふうに手配をしたという事実を知るばかりだった。
「それにしても」
菅井が眉を顰めた。
「モデル一人、カメラマンはセンセイ一人っていうのはよろしいかもしれませんが……」
「うん?」
口籠もる菅井に下呂井が質問を促す。
「こちらのお嬢さんの格好、少し……、そのう……、派手じゃあありません?」
──!!──
菅井の言葉に小雪は内心飛び上がる。
菅井の言いよどみが、『派手』という言葉が、本当は『ハレンチ』や『卑猥』『イヤらしい』『露出が多すぎる』などといった言葉が本来使いたい言葉であることが容易に想像がつく。
耳たぶの先まで真っ赤にしてうなだれ、消え入りたげにその場に縮こまるようにして身をすくめる小雪に代わって、下呂井が至極のんびりした口調で返答する。
「そうかい? ボクは可愛いと思うけれど」
ぼッ!
小雪は羞恥とはまったく別の理由で頰を燃やした。その場をはぐらかそうとするかのような下呂井に本物の看護婦である菅井は食い下がる。
「それにしても、肌の露出が多すぎはしませんか?」
──!!!──
ぼぉぉぉッ!
はっきりと「卑猥だ」と言われて、羞恥心の強い女子中学生は頭の中まで真っ赤に焼け焦がした。
「…………」
返事をすることもできず、うつむいて身を固くするばかりの小雪に代わって下呂井が返答する。
「そうかい? 彼女が自分で選んできたんだよ。ボクは最近の流行なんてわからなくてね」
『いいえ、違いますッ! センセエが選んだんですッ! 私が選んだんじゃあありませんッ!』
そう言うコトもできたはずだったが、羞恥心の強い、控えめな小雪は押し黙るだけだった。
「…………」
菅井看護婦がそれ以上の追及をやめたのは、下呂井の返答に納得したのではなく、看護婦の制服を着た可憐な少女(=小雪)の恥ずかしがりようが理由だった。彼女の恥ずかしがりようとその幼い容姿から見て、「プロでない」「アマチュアが服の選別を間違えてしまったのだ」と好意的に受け取り、以前の(伊東が引き起こした)事件のように大事にはなるまい」と考えたからだった。
はぁぁぁッ。
菅井看護婦は、大きなため息をつくと、不承不承の態ながらも口を開いた。
「伊東サンが承認したのなら、仕方ありませんわね。伊東サンには私からキツく言っておきます」
「ああ、確認しておいてくれ」
菅井の言葉を、下呂井と小雪のコスプレ撮影に対する承認と受け取り、全身で安堵の呼吸をする下呂井に菅井看護婦は念を押す。
「くれぐれも騒ぎは起こさないでくださいよ」
「わかっているよ」
安請け合いをする下呂井に(ホントウにわかっているのかしら?と)軽く首を振りながら、菅井は小雪に向き直った。
「お嬢さん」
そう呼びかけられて小雪のちっちゃな心臓は狭い胸郭の中で跳ね上がる。
「はい」
囁くような、小声で返事をする小雪に菅井は赤ん坊にするような柔らかな微笑みを向ける。
「あなたがどこの誰かは存じませんけれど、何かあったら、人を呼ぶんですよ」
「ちょっとちょっと、菅井サン。菅井サンってば」
「……」
まるで自分を犯罪者か、その予備軍扱いする、熟練看護婦の発言に抗議の声を上げる下呂井に構わず、菅井は続けた。