『①被虐性変態性欲症候群淫乱症の徴候のある患者に対して、他の変態性癖がないのか、検査を行う。
②今日はなかでも、露出症の有無について調べる。患者は強い「お姫様願望」を持っているが、それが「自分は可愛くない」「美しくない」という間違った認識、思い込みにより激しく抑圧され、歪んだ性欲が顕現している可能性が疑われる。
③であるから、今日はいつもとは違う、非日常の場所でいつもとは違った装束・格好で露出行為をさせる。
④今日の「普段とは違う、非日常の場所」とは具体的には行ったこともないであろうし、また、これから先もおそらく行かないであろう病院であり、いつもとは違う非日常の装束・格好とは看護婦のコスプレである。
⑤以上の理由により、患者に着せる看護婦の衣装は非日常的な、肌の露出の多い衣装でなければならない。
⑥なお、検査を行う医師は、患者の状態の把握と変移を記録し、後に分析し、研究を行うためにカメラを携行し、記録する。
⑦医師は患者の肉体的・精神的な安全を優先し、その保護のために必要な措置をとらなければならない。
⑧患者は検査の主旨をよく理解し、医師の指示に従わなければならない』
文章をよく読んでみれば、下呂井の小雪に対する思いやりや、認識(=「本当はキレイで可愛いのに、そうじゃない」って思い込んでいるのをただしてあげよう)が読み取れるが、実際に行う小雪からしてみれば、もし小雪が下呂井に対して少なからぬ好意と信頼を抱いておらねば、そして今までの医療行為=プレイに何らかの快感を覚えておらねば、小雪は拒否して着がえなどせずに、化粧室から出て家に逃げ帰っていたに違いなかった。
そして、小雪を「下呂井の指示に従おう」と最終的に決心させたのは、最後に手書きで付け加えられた『僕の愛しいお姫様の、麗しい姿を撮影させてくださいませ』という、小雪の心をくすぐる文言だった。
我ながら「お姫様、って呼ばれると弱いなあ」と思うものの、今まで誰からも言われたことなどなかったし、また将来もそう簡単には言われないであろうと考えると、小雪は拒否などできなかった。
渡されたメモを思い出し、集まりだした周囲の好奇の視線と羞恥に耐えてその場に立ち尽くしているばかりの、看護婦姿の小雪の頭からつま先まで目で楽しんだ下呂井が座っていた椅子から立ち上がった。
「じゃあ、行こうか」
「…………」
下呂井がいつもの白衣の裾を翻して、返事もできずに戸惑うばかりの、看護婦の制服を着た女生徒のかたわらを通り過ぎる。よく見るとその左の上腕部には『撮影班』と大きく書かれた腕章が巻いてある。遠目では見えないが、白衣の胸にも同様な認識票が安全ピンでつけられているらしかった。
しばしためらいはしたものの、小雪は短い、短すぎる裾を引っ張って直しながら、その後を追うしかなかった。
はじめは正門だった。病院の名前が大きく横書きされた石門の前に立たされ、見舞いの自動車がひっきりなしに横切るのを途切れるのを見計らって記念撮影された。
ぱしゃッ。
小雪は気をつけした姿や、服の前、下腹のあたりで両手を重ねた「お出迎え」姿、何枚かのカルテをまとめたクリップボードを持った姿、さらにはピースサインを作った姿などを笑顔で作るように指示されて撮影された。
ぱしゃッ、かしゃしゃッ。
衣装以外はポスターで見かけるよくある姿なので、小雪は周囲の視線を気にして身を固くしながらも応じた。
次は玄関。
ぱしゃッ、かしゃぱしゃしゃッ。
そして、待合ロビーなどでも同じような格好を取らされて、小雪は撮影された。
ポーズ取りと写真撮影に熱中する二人に声がかけられたのはその時だった。
「下呂井センセイッ!」
その言葉と声調に小雪は全身を緊張させた。
一方の、声をかけられた下呂井本人は気楽な態度だった。どうやら、こんな事態を想定し、対処方法を考えていたらしかった。
「いやあ、菅井サン、お久しぶり」
わざとらしいまでにのんびりとした声で挨拶をする下呂井を、年嵩の看護婦がわずかながらも怒気を発しながら、問いつめる。
「『いやあ、お久しぶり』じゃあ、ないでしょう? ずっとお見限りで、せっかく来られたのなら、医務局かナースステーションに顔を出してくださらないと」
「いやあ、すまない、すまない。ヘンに気を使わせたくなくてね。それに今日はお土産も持ってきてないし」
「お土産なんかどうだっていいんです。みんなセンセイに病院に戻ってきてほしいんですよ。それにしても今日はどんな御用でいらしたんですか? どうやら診療でも、検査でも、手術や見学でもないようですが」
その菅井と呼ばれた、年嵩の、下呂井よりもさらに十は年上の看護婦は下呂井の左腕に巻かれた腕章と、あまりにも幼すぎる看護婦姿の少女を交互に見やった。
(その娘は、何ですか?)=(この娘はなんなの?)
言葉ではなく、表情と視線で問いかける本物の看護婦に下呂井はかねて用意していた言葉をしらっと口にする。