万引き女子学生調教医療

下呂井も大きくうなずいた。

「っだろうねぇ。そんなコトしても大したお金になるわけじゃないし。そもそも転売するのが大変だ」

「……」

小雪も神妙な面持ちでうなずく。

そう、たとえ転売目的で万引きしたにしても、成年向きの本を未成年の、学生である小雪が売却するのは難しい。成年である大人の手を通すか、インターネットでもそれなりの工夫を凝らさなければ不可能だ。そして、目の前にいる中年の男性教諭の質問は、当然と言えばあまりに当然に過ぎる質問なので、きちんと、正直に答えなければならない、と考え、ある程度の覚悟を決めた。

ごくっ。

唾を呑み込みながら、頬を紅潮させ、おもむろに端正な紅い口を開く。

「……あの本の表紙を見た途端、どうしても中を見たくなっちゃって……、『見なくちゃあ』と思って……、……いや、そんなふうに考えるヒマもないくらいに、思わず手に取っていたんです。…………そしてパラパラめくって、綺麗な可愛らしいお姫様が、悪者に捕まって、あの……、その……、ヒドイ目にあっているのを見た時、頭の中が真っ白になって……、自分でも知らないうちに……、ホントウなんです! 自分でも知らないうちに、カバンに入れて、店を出ていたんです………」

「ふぅむ」

もうちょっとで泣き出しそうになるくらい、悲愴な面持ちで述懐をする、目の前にいる女子学生の答えに下呂井は顎を撫でた。

「ナルホドね。よくわかったよ」

いったん、そう言っておきながら、新たな質問をする。

「……ケド、少しばかり、疑問が残るなぁ」

「?」

怪訝な表情を浮かべる小雪に、下呂井が新たな質問をブツけてくる。

「……だって、そうじゃないかね? 白瀬クンのような年頃の女の子が、お姫様に憧れるのは理解できるけれど、相手はやっぱり、王子様、所謂いわゆる白馬の王子様なんていう、カッコのいいオトコの子だろう? 何も好き好んで、悪者たちに襲われている小説本を手に取らなくとも……」

まことにもっともな、当然に過ぎる、下呂井の疑問だった。

小雪は、名前通り、白い、透き通るほど白い、きめ細かな肌に血を昇らせながら、下呂井の質問に答えた。さっき下呂井から渡された薬を呑んでからというもの、小雪の肉体は火照り、熱を帯び、湿りだしていた。

小雪は頰の熱さだけでなく、体の芯から熱く痺れてくるのを自覚しながら、ためらいがちに唇を開いた。

「……だって、私、そんな……、王子様が現れるほどキレイじゃないし……、可愛くもないし……」

「はあッ!?」

少女の弁明に下呂井は素っ頓狂ともいえる、大きな声を出した。荒らげた声と表現してもよいかもしれない。少なくとも、個室、別室でなければ、周囲の視線を集め、小雪が困惑していたに違いないほどの大きな声だった。

「キミは充分にキレイだし、可愛いよ」

ぶっきらぼうな口調で言う下呂井の言葉に小雪は力いっぱいかぶりを振りたくる。

ぶんぶん。ぶんぶん。

「いいんです。そんな、とってつけたみたいに慰めてくれなくても……」

そう自虐的に言う少女の声は涙に濡れていた。

「おいおい」

下呂井があわてていた。思いがけない愁嘆場に困惑する男性教師を尻目に、小雪は本気で泣き始める。

「私は、可愛くないし、キレイじゃないから、どうせ、王子様なんて……、現れないにきまっています……」

ぐすぐす。

鼻を鳴らして泣きあえぐ小雪に男性保健医師は狼狽し始める。

さらに小雪は泣きじゃくり、訴える。

ぐすぐす。ぐすぐす。

「……そ、……それに、……それに」

思いがけない展開に絶句する男性教師を置いてけぼりにして、ミドルティーンの女子学生はなおも、言いつのる。

「……どうせ、魔物たちや、悪者たちだって、私を相手にする……、相手にしてくれる、襲おう……だなんて、考えやしないんだわ……」

「……ええっとッ」

下呂井は完全に困惑していた。いくらこの年頃の少女の理想が高く、自分が取るに足らないような存在に感じられることが多いとはいえ、目の前にいる少女の思い込みは、あまりにも度が過ぎるように感じられる。

(女の子なら、いや女性であれば、誰もが持っている、お姫様シンデレラ願望は人並み以上にあるのに、自分を「ツマンナイ女の子」だと思っている、思い込んでしまっているために、白馬の王子が現れるのを期待するのでなく、悪漢たちに襲われるコトを夢想しているのか。そして、王子様に見向きもされなくとも、悪漢たちが襲うようなくらいは、自分に価値があってほしいって、思っているのか……)

(ずいぶんとややこしい、歪みまくった、複雑骨折した心理というか、趣味だなあ)

下呂井は、少女の心理を分析し終えた後、

ぞくッ。

背筋に戦慄がはしるのを感じた。それは

『この少女を自分のモノにできるかもしれない』

という、暗い欲望の発露だった。それはこの名門校に赴任してから、そして生徒たち、とりわけ女生徒たちから『ゲロキモ』と陰で噂されているのを知ってから、ずっと封印してきた、それゆえに鬱屈していた思いだった。それはくらい欲望、抑えてきた本能だったのかもしれない。

ぐすぐす、ぐすぐす。

「……ど、……どうせ、わ……、わ……、わたしなんか……、わたしなんか王子様どころか……、魔物たち……、悪者たち……、ダレにも相手されずに終わるんだわ……。一生、誰にも相手されずに……、誰にも襲われやしないんだわ……」