万引き女子学生調教医療

「センセエッ!」

驚いた小雪は、あわてて立ち上がり、下呂井のもとに向かう。

しかし、小雪が身に着けている、お姫様ドレスが邪魔してなかなかたどり着けない。そもそも、中世貴族や現代の上流社会の淑女たちがまとうドレスは足早に歩いたり、運動するための衣装ではなく、全く逆の動作を強要するモノである。女性にゆっくりとした、優雅な動きを強要することで、着ている女性の淑やかさや慎ましさなどを強調しようとするモノなのだ。

それでも、なんとか、転びそうになったり、躓きそうになったりしながら小雪は下呂井のもとにたどり着く。

そして華やかな白いドレスが汚れるのも構わず、下呂井のそばに膝をついて、下呂井を覗き込む。

「センセエッ!! センセエッ!! センセエッ、大丈夫ッ!? センセィッ!!」

「う……ッ、あ……ッ」

愛する生徒の呼びかけに下呂井は呻きながら、答えた。しかし、白目を剥いて意識はない。かすかながら泡さえ吹いているみたいだった。

(よかった)

(死んだわけじゃあ、ないンだわ)

小さな安堵の息を漏らした小雪は、左右にいる(ハズの)男どもに向かって叫んだ。

「誰かお医者さんをッ!! 救急車を呼んでくださいッ!!」

顔を上げ、こうべを巡らした小雪は愕然としておびえた。

──!!!──

そこにいるハズの、いたハズの男どもの姿はなかった。

そこにいるのは、ニンゲンとは何か別の生き物。異形の生命体だった。

小雪の心臓は一瞬にして縮み上がる。

恐怖に凍りつく小雪だったが、とっさに考えたのは、傍らで倒れている、中年の保健医師の身の安全だった。

下呂井の体を背にして覆いかぶさるようにしながら身をひるがえす。

自分より倍以上の年齢の男性を気づかう、少女のけなな姿に目を細めながら、頭の左右に大きな複眼のある、細く長い嘴をした男が、ソレを振りながらささやく。

「本番は、これからですよ。プリンセス・リトルスノー」

「そうそう、これからが本番、本番というワケですよ」

「そう。本番マナ板ショーの開宴、というわけですよ」

「『本番マナ板』とはいかにも古い。お姫様にはわからないですよ、ヘラクレイトス卿」

蚊の頭部を付けた男に、亀の頭、鷹の頭、カブトムシの頭をつけた男たちが和す。よく見ると、男たちは別に異形の生命体などに変身したのではなく、亀、鷹、カブトムシなどの動物や昆虫などを模した着ぐるみの頭部を付けただけなのだとわかった。首から下が少し前の衣装と全く変わらない、キチンとした正装なのが、いっそう不気味で、異様な雰囲気を醸し出している。

男たちはこの部屋のどこかにその頭部だけの着ぐるみを隠し持ち、小雪が倒れた下呂井のもとに駆け寄る間に装着したらしかった。

小雪はきっとなった。

いつもの気弱な態度は消え失せ、コスプレしたままの王女然とした気迫で叫び、問い尋ねる。

「これはどういうコトですッ!?」

凛々しいお姫様が発する裂帛の気勢に、貴族や騎士たちから、異形の生命たちに変貌コスプレしなおした男たちは揃って息を呑んだ。

ただ一人だけ、カエルの仮面をした男がいけしゃあしゃあと言い放つ。

「お聞きの通りですよ。これからが撮影会は本番ですよ。タイトルは『お姫様凌辱!!! ~化け物たちの宴~』でどうです?」

「ふッ、ふざけないでくださいッ! 伊東サンッ!」

フロッグ侯爵と名乗った男がする、余裕に満ちた口調に不吉なモノを感じながら、それを振り払うように名指しで叫んだ。

「伊東サンッ! アナタはセンセエとそんな撮影は絶対にしないって、約束したハズですッ!」

「ああ、それはです」

気色ばむ少女の抗議に、フロッグ侯爵=伊東は、カエルがお腹をふくらますように、そっくり返りながら飄々と開き直る。ひょっとしたら、もうすでにカメラが回っているこの場で、小雪が伊東を名指しで呼んだコトが、完全に伊東を開き直らせたのかもしれない。

しかし、小雪にとってはそうはいかない。

自分の貞操だけでなく、下呂井の命がかかっているのだ。

「なんですってッ!! 友人との約束を破り、その友人に危害を加える、だなんて、アナタたちはそれでも人間なんですかッ!? 恥ずかしいとは思わないんですかッ!? 良心というモノはないんですかッ!?」

少女の、凄まじい弾劾とその気迫、燃えるような双眸の輝きに男たちはわずかながらたじろいだように見えた。

仲間の動揺を感じ取ったのであろう、フロッグ侯爵=伊東が燕尾服のまま一歩前に出て恭しく一礼を施す。

「だからこそ、この格好コスプレなのですよ、姫」

「……?……」

小雪は下呂井をかばったまま、伊東に切りつけるような、不審の視線を向ける。

ぞくぞくッ。

高貴な姫君の、峻烈な眼差しに伊東は背筋を震わせた。

(……これでこそ、これでこそ、犯し甲斐がある、というものだ。金銭カネなどではなく、自分の人生を、そのすべてをテーブルの上に積み上げて賭けギャンブルする価値がある、というものだ)

(ボクたちがプロのモデルでは満足できなくなっていたのは、コレが理由だったんだな)

異常な興奮と戦慄に包まれながら、伊東は愛しの姫君に説明し始める。

「姫がおっしゃるように『友人との約束を破り』あまつさえ『その友人を手にかけ』る、など、人間の所業ではございません。姫君がおっしゃるように、私どもは人間ではございません。廉恥心や良心などございません。ですから、このようにして、人間以外の存在であるという、本性を現わしているのでございますよ」