恥辱の風習 捧げられた新妻

「っ……!」

瑞穂はふたたび体を離した。

「いい加減に──」

さすがに抗議をしようと思ったところで、脳裏に正一の顔が浮かんだ。

この村での夫の立場というものもある。相手は村長なのだし、初対面でいきなり強い言葉を言うのは後々のためにもよくないかもしれない。

「わ、私、他にもお酌して回りますね」

「なんだ、つれないのう」

「村の皆さんに挨拶したいですし、これで失礼します」

瑞穂は怒りを抑え、穏便にその場から退出した。

広間とは廊下を挟み、障子戸一枚で隔てられている別室に行き、一人で休んでいる正一のところに戻る。

「お帰りぃ、瑞穂ぉ」

にっこりと笑った正一はすでに少し呂律が回っていなかった。元々あまり酒に強いほうではなく、顔が真っ赤だ。

「びっくりしたわよ。もう」

瑞穂はふんまんやるかたなく、村長にセクハラされたことを正一に報告した。

夫は苦笑半分、申し訳なさ半分といった感じで彼女に頭を下げる。

「ごめんごめん。ちょっと酒癖が悪いけど、根はいい人なんだよ」

「そうなの?」

「僕もぉ、子供のころにぃ……お世話になったなぁ」

夫の言葉を疑うわけではないが、瑞穂から見ればただのエロ爺だった。

と、

「お、こんなところにいたのか、正一くん」

郷田が一升瓶を片手にやって来た。

それなりに酒が入っているのか、赤ら顔だ。

瑞穂は彼を見て反射的に眉を寄せた。はっきり言って、今この村で一番顔を合わせたくない相手だった。

「まま、一杯」

さりげなく障子戸を締め、密室状態を作る郷田。

六畳ほどの小さな部屋には瑞穂と正一、そして彼の三人だけの状態となった。

瑞穂は嫌な予感を覚えた。

「いやー、畑野さんの家で酔い潰れたこともあったしな。あのときは俺が介抱してやってな、へへへ」

「……その節はご迷惑をおかけしました」

「いやいや、奥さんの色っぽい寝姿も見れたし眼福ってやつだ」

「へぇ、瑞穂の寝姿かぁ」

呑気な感想を漏らす夫に対し、瑞穂は気が気ではなかった。

介抱されたどころの話ではない、あのとき彼女は騙されたとはいえ彼に肌を許してしまったのだから。

二十分後──。

正一はすうすうと上品な寝息を立てて眠っていた。完全に酔い潰れてしまったらしい。

「やれやれ、正一くんは潰れちまったのか。仕事でも付き合いの飲み会があるだろうし、もうちょっと酒に強くなったほうがいいな」

豪快に笑う郷田に瑞穂は眉をひそめた。確かに夫は酒に弱い。瑞穂はあまり飲ませないようにしようとしたのだが、郷田が勝手に酒を注いでは飲ませ、正一のほうも断りきれなかったようだ。

(私が郷田さんをきちんと止めるべきだったんだわ)

瑞穂は申し訳ない気持ちでため息をついた。

郷田はねっとりとした視線をうなだれる彼女に向ける。

「心配しなくてもあのことをバラしたりしねぇって。正一くんに知られたら離婚問題にも発展しかねないからな」

「ご、郷田さん!」

瑞穂は思わず声を上げ、抗議代わりにキッと睨みつけた。

涼しい顔でその視線を受け止めた隣家の中年男は、彼女に顔を寄せて囁く。

「おっと、あまり騒ぐと他の人間にも変に思われるぜ。なんせここは狭い村だ。噂話なんてあっという間に広がる」

「……分かってます」

「俺だって立場がヤバくなるんだ。かつなことはしねぇよ」

言いつつ、郷田がさらに顔を寄せる。

アルコールの混じった臭い息を吹きかけられてへきえきしながら、瑞穂は仰け反るようにして体を遠ざけた。

郷田はニヤニヤと笑ってそれを追いかけ、ほとんど彼女を抱きすくめんばかりに体ごと近づいてくる。

無礼な態度に瑞穂は眉をひそめた。

「ち、ちょっと郷田さん、顔が──」

近すぎます、と警告しようとした瞬間、

「んうっ!?」

避ける間もなく唇を奪われた。

ヌメヌメとした不気味な感触が瑞穂の唇をぴったりと覆っている。

愛する夫以外の男から受けた口づけは、不快の一言だった。

密室ではあるが、こんな公共の場所でいきなりキスされるとは予想もしていなかった。しかも寝入っているとはいえ夫がすぐそばにいるのだし、誰かが障子戸を開けて入ってこないとも限らない。

瑞穂は信じられない暴挙に愕然と目を見開き、視界いっぱいに広がる中年男を見据える。

郷田のほうは若妻のキスを奪った愉悦に酔っているのか、恍惚とした顔だ。

さらに、調子に乗って彼女の口内に自らの舌を侵入させてくる。生暖かい舌肉が瑞穂の舌に巻きつき、ぎゅっと締めつけた。

「んんんっ……!」

愛してもいない男の唇の感触はぶよぶよとして気色が悪く、ヌメリの強い舌を口内に挿入されるのは屈辱でしかなかった。首筋の辺りにぞわりと鳥肌が立つ。

不愉快極まりないディープキスからなんとか逃れようと、瑞穂は必死で体を左右によじった。

が、両肩をがっちりと抑えこまれて身動きを封じられると、暴虐な中年男になおもキスを続行されてしまう。

(駄目、こんな場面を夫に見られたら──)

ふたたびその可能性に考えを巡らせたとたん、血の気が引いた。

いくら酔い潰れているといっても、夫がいつ目を覚ますかは分からない。他の男とのキスシーンを見られてしまったら、夫婦関係に大きな亀裂が入ることは間違いなかった。

「嫌っ、離し……くぅ、むうぅぅっ……!」

体をよじって唇を離すものの、巧みに顔を寄せられて、すぐにもう一度唇を奪われてしまう。