恥辱の風習 捧げられた新妻

彼の勤務先はここから車で一時間ほどかかる。通勤時間のことも考え、早めに就寝する必要があった。

「……そうね」

瑞穂は、声に落胆の色が混じらないよう注意を払う。

正一と付き合うまで処女だった彼女だが、今では性の喜びも多少は知っていた。

イクというのは話で聞いたことはあっても、実際に経験したことがない。けれど、ゆったりとした心地よさや快感は分かる。

何よりも愛する人と一つにつながるという行為そのものが、瑞穂にとっては幸せだった。

とはいえ、夫も引っ越し作業の疲れが残っているだろうし、会社の仕事もある。自分の欲求よりも正一の体のほうがはるかに大事だ。

「私も寝るわ。お休みなさい、あなた」

「ああ、お休み」

短い挨拶を交わし、それぞれの布団に入る。

瑞穂はなかなか寝付けなかった。

いったん期待して、ぼんやりと熱の宿った女体は──自分でも驚くほど鎮まるのが遅かった。

もぞ、もぞ、と半ば無意識に布団の中で体をくねらせてしまう。

(嫌だわ、私ったら……エッチな気分になってる……)

ネグリジェの上からそっと股間に指先を押し当てた。

そこは温かく火照っていた。

稲盛村での新生活を始めて一週間が過ぎた。

毎朝出勤する夫を見送り、その後は家事に勤しむ日々。田舎特有のゆったりと時間が流れる感覚にも慣れた。都会のせわしなさよりもこっちの空気のほうが瑞穂には性に合っているかもしれない。

その日の夜──。

板敷きの寝室で寝ていた瑞穂は、がさ、ごそ、と断続的に響く物音にハッと布団から身を起こした。

喧騒にあふれた都会と違い、田舎の夜は静かだ。

それだけに不審な物音は広い一軒家に異様なほど大きく響き渡った。

(何の音かしら?)

瑞穂は怪訝な思いで眉をひそめる。

がた、ことん、と音がいっそう大きくなった。

音の発信源は明らかに家の中だ。

誰かが家の中にいる──!?

湧き上がった疑念が不安となって背筋を震わせた。

瑞穂は息を殺し、気配を窺う。

がたこと、がたごと……気のせいか、物音はだんだんとこの部屋に近づいているように思えた。

(ど、泥棒……!?)

もしかしたら障子戸の向こう側に不審者がいるかもしれない。

音を立てないように、そろりそろりと布団から這い出る。

二月の夜気がネグリジェを通して肌を刺すように冷えた。実際、この格好で寝るのは少し寒い。しかし夫が瑞穂のネグリジェ姿をいたく気に入ってくれているため、いつも身につけるようにしているのだった。

薄い生地でできたネグリジェは、パンティを身につけただけのみずみずしい肢体にぴったりと貼りつき、丸く膨らんだ乳丘や見事にくびれた腰、そしてパンと張ったヒップに至るまで、凹凸のはっきりとしたボディラインを浮き上がらせている。

豊満な乳房は内側からネグリジェの生地を力強く押し上げ、よく見れば乳首の形がうっすらと浮き出しているのも確認できるだろう。

剥き出しになっている両肩のなだらかなラインや露わな鎖骨、そして垣間見える深い胸の谷間は薄暗い家の中という空間に溶けこみ、妖しいエロスを醸し出している。もちろんそのエロスを堪能できる相手は愛する夫一人だ。

(こんなときに限って、正一さんがいないなんて)

瑞穂は歯噛みした。

そう、夫は今日から二泊三日で出張なのだ。現在、この広い一軒家には瑞穂しかいなかった。

薄いネグリジェの下はパンティだけという無防備な格好も相まって、不安感が増幅する。ほとんど反射的に両腕で自身の体をかき抱いた。

瑞穂は寝室から板張りの廊下に出ると、足音を忍ばせて物音がするほうに近づいていく。

ぎし、ぎし、と床板が一歩歩くたびに軋んだ。その音が夜の静寂の中でやけに大きく響き、泥棒に気づかれるのではないかと気が気ではなかった。

とにかく状況を確認しなければならない。警察を呼ぶなり、近隣に助けを求めるなり、行動を起こすのはそれからだ。

一歩、また一歩、と進んでいく。

心臓がさっきから早鐘を打ちっぱなしだった。背中からはぬるい汗が滴り、薄いネグリジェが肌に貼りつく。

廊下を進み、やがて奥の一室にたどり着いた。二人暮らしのため家の中には使っていない部屋がいくつかある。ここもその一つだった。

障子戸をゆっくりと開くと部屋の中は薄闇だった。雲に月が隠れているらしく、窓からほとんど明かりが入ってこないのだ。

「だ、誰ですか!?」

声を震わせながら、前方に向かってすいした。

返事は、なかった。

思いきって部屋に入り、さらに前へ進む。

両膝がガクガクと震えているのが分かった。

さらに一歩、もう一歩。

勇気を振り絞って進む──。

がた、ごと。

「えっ……!?」

瑞穂は拍子抜けしてその場に立ち尽くした。

眼前には木でできた窓枠があり、時折がたがたと揺れている。

瑞穂はようやく理解した。そう、先ほどからの不審な物音は、建てつけの悪いこの窓枠が風でがたついているだけだったのだ。

知ってしまえば、どうということはない話だった。幽霊の正体見たり枯れ尾花とはこのことだろう。

「私ったら早とちりして……」

瑞穂は大きく息を吐き出した。

慣れない土地に来て、少し神経過敏になっていたようだ。緊張していた全身が急速に弛緩する。

──ホッと気を抜いて、油断が生まれたのかもしれない。