恥辱の風習 捧げられた新妻

「負担?」

「……ああ、村の行事の手伝いとかそういうやつよ。こっちは都会と違って若い人が少なくて色々大変なの」

一瞬だけハッとした顔になった後、彩香は笑みを深くする。

(彩香さん……?)

何かを誤魔化すような態度が、少しだけ気になった。

その後、彩香に別れを告げて、瑞穂と正一は今度はもう一軒の隣家に向かった。

「どう、瑞穂。仲良くやっていけそうかな?」

「ええ、旦那さんには会えなかったけど、彩香さんはすごくいい人そうだし。きっと大丈夫よ」

瑞穂が笑ってうなずくと、正一は安堵したように息をついた。

彼女が慣れない田舎暮らしで精神的に辛くないか、心配しているのだろう。

そんな夫の優しさが彼女には愛おしかった。

と、

「おや、正一くんじゃないか。こっちに帰って来ていたのか」

前方から歩いてきたのは、がっしりとした体格にカーキ色のジャンパー、くたびれたTシャツ、紺色のスラックスという格好の中年男だった。角ばった顔に太い眉という風貌がいかにも精力的な印象を受ける。

「あ、今から挨拶に伺おうと思っていたんですよ」

「ははは、今日からこっち住まいだったな。まあよろしく頼む」

ごうと名乗ったこの男は、畑野家とは反対側の隣家に住んでいるそうで、年齢は四十を超えているようだ。

「あんたの旦那は子供のころから知ってるよ。昔はよく遊んでやったもんだ」

「そうなんですか」

「いやあ、あの正一くんがこんな美人を嫁さんにもらうなんてな」

郷田は感慨深げにつぶやきながら、ちらり、ちらり、と瑞穂に視線を向けてくる。

その視線の位置が顔から胸、腰へと段々に下がっていくのを感じ取り、彼女はわずかに顔をこわばらせた。

「正一くんは奥手だからな、あっちのほうも奥さんがリードしてあげないと」

「えっ」

明らかに夫婦生活を示唆する言葉に瑞穂はさらに表情を硬くする。

もしかしたら聞き間違いだろうか?

だが郷田の顔に浮かぶ下卑た笑みは、内心の問いかけを否定していた。

と、瑞穂の顔色が変わったのを見て、さすがに彼もばつが悪そうに、

「おっと失礼。へへ、ついそっちのネタに走っちまうのが俺の悪い癖なんだ。まあ許してくれよ」

「い、いえ」

どうやら悪気はないようだった。

とはいえ、いかにも淫猥な話が好きそうな郷田に瑞穂はあまりいい感情を抱けなかった。

子供のころから夫と親しんできた男なのだから仲良くしなければ、と頭では分かっているのだが──。

「けど、それだけ色っぽい体してるんなら男が放っておかないだろう」

「ど、どういう意味ですか」

「いやいや、結婚前は意外とお盛んだったんじゃないかってね、はは」

「っ……!」

瑞穂は表情をこわばらせて絶句した。

その美貌とは裏腹に、彼女には派手な男性経験などない。夫と付き合うまで男を知らない清らかな体だったのだ。

だが、それを赤の他人に──しかも初対面の男に詮索されるいわれはなかった。

(いくらなんでも失礼だわ!)

温厚な瑞穂だが、さすがにカッとなった。

郷田の好色そうな視線が自分の体を這い回るのも不愉快だった。人妻である自分が視線だけでなぶられ、汚されていくような不快感。

とはいえ、これから隣同士になる以上、あまり邪険にするわけにはいかない。

都会の希薄な隣人付き合いとは異なり、田舎のそれはもっと濃密なはずだ。瑞穂は不快感を無理やり抑えこみ、にっこりと愛想笑いを浮かべたのだった。

「お祭りの手伝い?」

その日の夜、引っ越しの荷物もあらかた片づけ終わり、ようやく人心地をついたところで正一がその話を切り出した。

「ああ、ほうとうさいっていって、この村では毎年三月の終わりにお祭りがあるんだよ。そこで五穀豊穣を祈る儀式をやるんだけど、その巫女役は村の女性が務めるんだ」

「もしかして、それを私に……?」

「さっき村長から電話があって是非って頼まれたんだ。まだ本決まりじゃないけど、もし頼まれたときはお願いできないかな? もちろん嫌なら強制はしないよ」

「嫌だなんてことはないわ。ただ巫女さんの格好なんてちょっと恥ずかしい」

「瑞穂の巫女姿、きっと綺麗だと思うよ」

「まあ」

夫の言葉に瑞穂は思わず頬を染めた。

ちょっと照れくさい思いはあるのだが、正一が期待してくれているのなら、巫女服を着るのも悪くない。

「私でよければやってみるわ」

「そうか。ありがとう、瑞穂」

瑞穂がにっこりと微笑むと、すぐ傍に夫の顔があった。

自然と互いに顔を寄せ合う。

「んっ……」

瑞穂はうっとりと夫の温かな唇の感触に浸った。愛する男性との心地よい口づけに体中がとろけそうになる。

──正一くんは奥手だからな、あっちのほうも奥さんがリードしてあげないと。

不意に、昼間の郷田の言葉が脳裏に甦った。

その言葉が思わぬ引き金となったのか、腰の奥がキュンとうずく。子宮が軽く悲鳴を上げるような感覚。

そういえば、引っ越しの準備で忙しかったこともあり、もともと淡白気味だった夫婦生活はこのところ随分とご無沙汰だった。

やがて唇が離れると、瑞穂はトロンと目を潤ませて正一を見つめる。

久しぶりにこの人に愛されたい。心だけでなく、体も。

「あの──」

「明日は早いからそろそろ寝るよ」

瑞穂の言葉を遮るように正一が微笑んだ。