いけない誘惑水着 グラビアアイドルの撮影日記

いやいや。そういう問題ではなくて。ちょっとさわっただけでこんなにビクビクした反応を見せてしまう祐美香さんがかわいそうだ。

しかし女流カメラマンには容赦も甘さもないようだった。

「ちょっとちょっと、祐美香。背中向けろなんて誰が言ったの? 佐橋くんが困ってるじゃないの!」

というかこの人短気かも。

「佐橋くんだって菊池さんだって遊びでここにいるんじゃないんだから。みんな仕事でやっているんだよ」

「ご……ごめんなさい……先生」

頬を淡いピンクの花みたいに輝かせたビキニ姿のアイドルは、泣きそうな声でそう言うのがやっとのようだった。

と。そこで結が助け舟を出してくれた。

「先生……恥じらいとか、そういう表情が欲しいんですよね? そりゃあきのう今日出会った男の子相手じゃあ緊張しますよお。いきなり髪とか身体とかより、手を握るとか、指をつなぐとかでいいんじゃないんですか?」

「うーん。そうかな……じゃあそれでやってみよう」

やはり結はカメラマンに一目置かれているらしい。提案はすんなり受け入れられた。

女性編集者は祐美香にも言う。

「ね、祐美香ちゃん。ヒロくんは別に噛みつかないから。こわくないから」

「は、はい……」

うなずいて、知性的な美顔の水着アイドルはまたGカップボディの向きを戻した。

でも顔をカメラに向けようとはせず、うつむいたまま。

それによく見ると、グロスで湿ったくちびるまで小さく震えている。たおやかな肩もこわばってしまっている。

でも。

緊張はしているようだけれど。

(祐美香さん)

こわがっているというのとも少し違うのかもな、と宏之は思った。たぶんさわったりさわられたりするのに馴れていないだけなんじゃないだろうか。それは自分もそうだからなんとなくそう思うのだけれど。

すぐ目の前で胸のふくらみが、寄せては返す波のように繰り返して動いている。

(ぼくには、わかる……祐美香さんは、別にこわがってるわけじゃあなくて)

とまどっている、というのが近いんじゃないかな、と思った。もし自分が祐美香さんの立場でほとんど初対面の異性に近寄ってこられたら、同じような反応をしてしまうのではと思った。

(それに……)

また宏之は唾を飲みこんだ。

(ひょっとしたら、祐美香さんって、人一倍神経がこまやかで敏感なのかも……)

やっぱり自分も異性に馴れていないからこそわかるのだ。指先でちょっとさわっただけでぴりぴりとしたしびれが身体の中に流れてきた。さわられる祐美香さんが受ける刺激はもっと大きいんじゃないだろうか。

ただ、だからといって加奈を説得してやめさせられる自信はなかったが。

「あの、大丈夫ですから、桜さん。ぼく、そおっとさわりますから」

「は、はい、すいません……」

おずおずと祐美香の方から伸ばしてきた細い指先に、宏之もドキドキしながら指を触れさせる。

「んっ……っ」

今度は初心なグラビアアイドルは悲鳴を必死で抑えこもうとしている。

くちびるを必死で引き結び眉を寄せている。その額の上を暑さのせいなのかどうなのか、汗がひとすじ流れた。

でも。そんな表情も汗も、女流カメラマンの求めているものではないようだった。

「男の子と指をからませるぐらいで、なんでそんなに緊張するかな? 佐橋くん、もっとちゃんと手を握ってあげて」

「は、はい。いきます桜さん」

「ひ……ひぁ……」

宏之が手のひらをそっとあてがっただけなのに、関節が白く浮き上がって見えるほどに女子大生の手は握りしめられた。と。その手が突然動いて宏之の手を撥ねのけた。

「やめてくださいっ!」

ぱしーん、と目の下あたりで音がした。

(えっ……?)

一瞬なにが起こったのかわからなかった。

頬がジーンと熱くなる。

「あ……わ、わたし、つい……ご、ごめんなさいっ!」

祐美香にひっぱたかれたのだということに、謝られてからやっと宏之は気づいた。

深いため息をついたのは加奈だ。

「潔癖なのは悪くはないけど……はあ」

「ごめんなさい……」

「ごめんなさいごめんなさいって、いくら謝られてもさあ」

勝手に不機嫌になっている加奈にはさすがに宏之も黙っていられなくなってきた。

「荒花先生、そんな言い方しないでください。桜さんが悪いんじゃなくて、ぼくのさわり方が悪いんです。怒るんならぼくに怒ってください」

たちまちギロリと鋭い視線が飛んできた。

「どっちだって結果が出ないんなら同じよね」

そう言うとカメラマンは、ぷいと横を向いてしまった。撮影する気が失せてしまったようだ。

「あ、あの、佐橋さん。わたし、今すごい失礼なことをしてしまって……」

おろおろしてそういうグラビアアイドルに宏之は笑顔を見せた。自分は味方だってわかってほしくて。

「悪いのはぼくなんですから、いいんです。気にしないでください、祐美香さん」

「え……あ、はい、さ、佐橋……さん」

アイドルの頬がぽっと朱に染まっていた。

(あっ)

今、つい、名前で呼んでしまった。

(しまった。つい写真集を見ていたときの調子になっちゃった……)

またすぐにうつむいてしまったあんしん三次元女子。でも首すじまでうっすらと赤く染まっている。ひょっとしたらこういうのを加奈は求めていたのかもしれなかった。

(な、なんか、これっていいかも……すっごくすてきかも……)