いけない誘惑水着 グラビアアイドルの撮影日記

(けど、ぼくは……荒花先生がもしいたら、こうやって祐美香さんと同じテーブルで西瓜を食べるなんてこともできなかったろうしなあ)

こころの中でこっそり、情報を洩らしてしまった人に感謝した。

「じゃあ、これ、厨房に返してきます」

みんなが食べ終わったので器を重ねながら宏之は席を立った。

「あたしが行こうか?」

「いえ。一応ぼく、旅館のスタッフだし。やりますよ」

「そう? じゃ、祐美香ちゃん。あたしたちは部屋に戻って少し休もうか? まだ水着なんだよね、その下。着替えるでしょ?」

黒髪お下げの元気な編集者が指をさす。

女子大生水着アイドルはうなずいてから、急にうわずったような声で言った。

「……あ、あのっ。佐橋さん、ごちそうさまでした」

「えっ? ああ。お祖母ちゃんにそう言っときますから……」

「あ、あの、それと」

はい? と訊き返すと、しかしアイドルは、

「いえ、なんでもないです……」

と言って結といっしょに部屋の方に行ってしまった。

日陰で西瓜を食べたのになんで祐美香さんは顔が赤いんだろうと思いつつ、宏之は厨房に向かった。

日は少しずつ傾きかけていた。旅館の狭いロビーの壁で古い時計が四時を打った。

裏庭に戻ってみると、もう誰もいなかった。蝉の鳴き声もひと段落した感じだ。

(ん?)

花のかたちをした白っぽいものが落ちているのに気がついた。

(祐美香さんが帽子につけていたやつか)

撮影中にかぶっていたキャスケットのアクセントになっていた布製のコサージュだった。外れかけていたのだろう。

部屋に届けるか、と宏之は思った。

(きのうのこととか、謝るチャンスだし)

祐美香の部屋は二階の奥だ。初日にカーペットやベッドを運びこんで以降は一度も近寄ってない。

ノックをするとすぐにドアが開いた。

さっきと同じカーディガン姿のアイドルが姿を見せる。宏之を見て一瞬びっくりしたような顔になった。

「桜さん。これ忘れ物です」

「あっ、わたし……す、すみません」

受け取ると、すぐにその顔をうつむかせて髪で隠してしまった。

(あっ)

そのときになって宏之はようやく気づいた。

(こ、これって……あの写真集と同じだ!)

肌色ビキニ。一瞬ヌードに見えてしまうその水着は去年の写真集でも祐美香は身につけていた。ベッドの上で頬杖をついたりお尻を掲げたりしたポーズを取っていた。

(そういえば、今、この部屋にも、ちょうど同じようなベッドがあるんだよな……)

いや待て。

宏之は自分を戒めた。なにをしに来たか思いだせ、ぼく。

「あ、あのう、桜さん、きのうのことだけど、ほんとに、ごめんね……」

膝まくらのことを宏之がもごもごと謝っても巨乳アイドルは下を向いたまま。聞いてくれているのかどうかもよくわからない。

「じゃ、じゃあ、ぼく、これで……」

本格的にきらわれたか、でなければ徹底的に警戒されているようだった。宏之は背を向けた。残念だけどしかたない。本物に会えてきのうみたいに口をきけただけで充分しあわせなのだから。

しかし。

「待ってください」

声がかけられた。

振り向くと、女らしく成熟したプロポーションを持った女子大生アイドルは乳房の前でもじもじと指を組んでいた。

「あの、お話ししたいことが、あるんですけど。入ってもらえますか」

「い……いいの?」

部屋のつくりは宏之が使っている部屋と同じだった。違うのはウッドカーペットが敷いてあることとベッドがあること。

これから着替えるところだったのか、レースのカーテンで窓の外は見えなくなっていた。エアコンの微風が汗をすっと乾かしてくれる。

小型のテーブルの上には、西洋史学科のレポートなのか、何冊かの本とノートが広げられていた。

「佐橋さん、どうぞ坐ってください」

カバーのかけられたベッドを指さされた。でも女の子の部屋に来ていきなりベッドに腰かけるわけにもいかないだろう。

「立ったままでいいですよ。で、話って?」

「あ、あのう」

ずいぶん話しにくそうだった。なんだか宏之の方も相手の緊張がつたわってしまって胃のあたりがひりひりしてきた。

潤んだ瞳で青年を見つめ、溜めていた息を吐くように祐美香は口を開いた。

「さ、佐橋さんって」

「はい」

「つき合っている女の子とか、いるんですか?」

それだけ口にすると、グラビアアイドルはまた恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。

(はあ?)

思ってもいなかったことを訊かれてびっくりしてしまう。

「いませんけど……」

宏之は本当のことを答えた。

どういうわけか口の中が渇いてしかたがなかった。

胸にふたつの豊かなふくらみを持ったアイドルは一回深く息を吸いこみ、静かに吐き出した。そして一歩宏之に近づき、顔を上げた。

濡れているのは瞳だけではなかった。湿り気を帯びたくちびるを見て宏之は心臓が締めつけられたような気持ちになった。

目の前でそのくちびるが動いた。

「わたしが立候補したら、迷惑ですか……?」

え……?

宏之は耳を疑った。

そんなばかな!

「で、でもどうして。祐美香さんがぼくなんかを」

どぎまぎしすぎているせいでまた名前で呼んでしまった。

女子大生グラビアアイドルはまたまた下を向いてしまった。

宏之は宏之でうまく口がきけない。おとといの晩の荒花加奈の襲撃なんかカウント外だから……こんなこと言われたのは生まれて初めて。