(しょっ、処女なのか……っ?)
ごくっとかたまりのような生唾を飲みこんでしまった。
まくら営業みたいな話を耳に挟むことがある。祐美香さんは写真集以外のタレント活動はしていないから関係ないだろうけれど、だからといって清廉潔白とはかぎらないぞ、と宏之は意識のどこかでずっと思っていた。
(だいたい、祐美香さんほどの美人が大学生にもなって未経験でいるわけがない)
と思っていた。
でも。
今の話を聞くと……。
(バージンなんだ……まだ誰ともセックスしたこと、ないんだ……)
話し方や態度が少しぐらい自分のイメージ通りだったからといって、まさか経験がないとまでは思っていなかったのに。
こころの中がどくどくと熱くなってきた。
(けど)
それがなんなんだ? ぼくが祐美香さんの彼氏になれるチャンスなんてあるわけない。きのう会ったばかりだし、撮影が終われば二度と会うこともないのだし。
(……バージンだとか、そんないやらしいことを考えるのはやめよう。それより、こうやって祐美香さんとふたりきりの時間が過ごせることになったんだから、それで充分じゃないか。もう、それが一生の記念になるよ)
雨の降りはいちだんと激しくなってきたが雷の音は遠くなっていた。どうやって間をつなげばいいのかはやっぱりよくわからず、しばらく沈黙がつづく。
今度それを破ったのは祐美香だった。
「あの、佐橋さん」
「え。は、はい」
「おねがいしたいことがあるんですけど」
もうこれ以上は絶対に近づかないでくださいとか、もう話しかけないでくださいとか言われるのかな、と宏之は思った。がっかりだけどまあしょうがないのかな。
違った。
「……もし、ご迷惑でなかったら、ですけど……練習させてもらえませんか」
「練習?」
椅子にかけたグラビアアイドルの瞳はだいたい宏之のあごの先くらいの高さだった。うつむいてじっと身体を固くさせているから、青年にはなおさら弱々しく見えた。
「次に浜辺でリテイク撮影するときに、先生に叱られないように……練習しておきたいんです、わたし」
軽くウェーブのかかった髪の先端が胸のふくらみにかかっている。雨に濡れた白ブラウスの布地は光沢のある白ビキニをはっきりと透かしていた。
細い首や華奢な肩とは対照的なくらいに成熟しきったふたつの乳房は、内側からしっかりとビキニとブラウスを持ち上げていた。乳房のふくらみに引っ張られて今にもはちきれそうに見える。
(す……すごい、きれいだ。ひょっとして、おっぱいって、こうやってふつうに服を着てる上から見るのも悪くないんじゃないか……?)
乳房の頂点と頂点を結んでブラウスの布地がぴーんと張りつめている。
(い、いかん、こうやって胸ばかり見てたら、それだけで勃起しちゃって……)
なんとか興奮を冷まさなくちゃ。
胸から目を離し相手の顔を見つめると、目が合ってしまった。
「お願い、できますか?」
(ううっ)
上目づかいに見つめられてドキリとする。
強い雨が休憩所の屋根を叩く音の他には自分たちの呼吸の音しか聞こえない。
「でも桜さん……いくら撮影のためでも、無理しなくてもいいじゃないですか。荒花先生に無理ですって言えばそれでいいじゃないですか」
「いいえ……努力も練習もしないで、簡単にできませんなんて言えません、わたし」
「でも、ぼ、ぼくだって、荒花先生の言っているような狼かもしれないんですよ? やめた方がいいんじゃないんですか? ていうか、ぼくだって、自分で自分が抑えられなくなるかもしれないし……」
「そ、それは困りますけど。でも、わたし、いつか、自分で自分の殻を破らないといけないのかなって。このままだといけないんじゃないかなって、思うんです」
おねがいします佐橋さん、と頭を下げられた。
「他にこんなことおねがいできる人、わたし、知らないし……わたしもこういうときでないと誰にも頼めないと思うし……おねがいします、わたしを助けると思って協力してくれませんか」
(や、破らないといけないのかなって……ぼくで?)
なにを?
まさか処女膜とか……。
宏之は喉を鳴らしてしまった。
(い、いやいや。そういう意味じゃあないよな。殻って言ったよな)
撮影のために少しさわられる練習をしたいだけですよねと念のため訊くと、そうですと仕事熱心でまじめなグラビアアイドルは答えた。
(当たり前か)
ちょっとだけがっかりしたけれど、それでよかったと考え直した。下手なことをしでかしたら社会的に抹殺されるかもしれないのだ。荒花加奈に。
昼間と同じことをするくらいなら、まあ大丈夫なんだろう。
「わかりました。じゃあ、じゃあ……始めます」
「お、おねがいします」
年下のグラビアアイドルは目を閉じた。
長い睫毛が小さく震え、濡れた白ブラウスの下で呼吸に合わせてグラマーなおっぱいがゆっくりと波打っていた。
そばに寄り、息を吸いこむ。香水なのか汗対策のものなのかは宏之にはわからなかったけれどさわやかな匂いがふんわりと鼻腔に入ってきて、自分が異性のすぐ近くにいるんだということを意識させられる。
つっ、と肩に触れてみた。
「……っ」
びくっと祐美香はその身体を緊張させた。
今すぐ立ち上がって逃げ出したい……それをぐっとこらえているようだった。