心臓が喉から飛び出してしまいそうな感じだった。
「だ、だって、そんなこと、あるわけが」
それだけ口にした。
すると祐美香はどこか悲しそうに、やっぱりわたしなんかじゃダメですか、と言う。
「わたしみたいに、写真集とか出してるような女の子は、ふつうじゃないから、きっとダメなんですね……相手にしていただけないんですよね……ごめんなさい」
「ちょ、ちょっと待って」
今度は宏之の方が一歩身を乗り出した。
ふんわりと髪のあたりからきのうと同じ香りが漂ってくる。自分よりも頭半分くらい背の低い女子大生グラビアアイドルの細い首や胸のふくらみを見て、青年の中になにかがこみ上がってきた。
「なに言ってるんだよ。祐美香さんはふつうの女の子だよ!」
「佐橋さん……わたし、このままずっと、誰ともおつき合いできないままかもしれないんです」
小さな声で祐美香がそう言った。
「どうして? どうしてそんな風に思うんですか。グラビアの仕事は今度の写真集で終わりにするんでしょう? だったら」
「そういうことじゃありません」
細い首を小さく横に振ってから思いつめたような声で呼びかけてくる。
「佐橋さん、わたし……」
「ねえ。祐美香さん。ぼくたちそんなに歳も違わないでしょう? そんなていねいな呼び方しなくていいよ。宏之……宏之って呼んでくれればいいよ!」
宏之の方も頭にずいぶん血が昇っていた。ひとつ年下の女子大生が自分から見れば悩まなくてもいいようなことで悩んでいるように思えて、自分がわからせてあげたい、という気持ちになっていた。
「じゃあ、佐橋くん……宏之くんって呼ぶね」
「うん」
答えた宏之に突然倒れこむように巨乳の女子大生は身体を寄せてきた。
(えっ?)
青年のTシャツの胸に祐美香の頭が触れていた。
「宏之くん……わたしのわがまま聞いてくれる?」
「いや、で、でもこういうのは」
「一度でいいから、ぎゅって抱きしめてほしい」
「ええっ? だっ、だけど、それは」
ぼくは一般人。祐美香さんは有名人。いろいろまずいんじゃ……。
「さみしいんです。わたし、ときどき、すごく心細くなるんです。誰かに支えてほしいんです」
「………」
「立候補してもいいんですよね?」
これはなにか悪質な罠なのか? と宏之は考えてしまった。荒花加奈にあんなことをされたせいだ。ひょっとして祐美香さんもデジカメを隠し持っているとか?
でも祐美香は抱きしめてほしいと言ったきりじっとしている。とてもなにかをたくらんでいるようには思えない。とはいえ、はいそうですかしめしめと簡単に腕を回せるほど宏之は軽薄でも肉食系でもなかった。
「でも、でもぼくは狼かも……荒花先生が言ってるように祐美香さんの気持ちのことなんか考えてないけだものかも……」
くすっと祐美香は笑った。
「きのうもそんなこと言いましたよね。でも、そんなことなかったじゃないですか。宏之くん、結局変なことはしないでやめてくれたじゃないですか」
「そ……それはそうだけど」
それは射精してしまったのを知られたくなくて気おくれしただけなんだけど。
だからね、とひとつ年下の女子大生グラビアアイドルはことばをつづける。温かい息がかかってくすぐったかった。
「先生がおっしゃってたのと、本当は違うのかなあって。思えてきたんです」
「い、いや、それは……」
たぶん荒花先生の言ってることが正しい。
男なんて多かれ少なかれみんな身体目当てだよ祐美香さん。
と思いつつも宏之はうまく口がきけなくなっていた。
こんなに至近距離にあこがれの人がいるのだから。それに祐美香さんて意外とよくしゃべる人なのかなとも思った。今までは吐き出す相手がいなかっただけなのかなと。
(ぼ、ぼくでよかったら、祐美香さんの言いたいことくらい全部聞いてあげるけど)
青年の胸元でさらにアイドルはことばをつづけた。
「それとも、男の人は狼だけど……宏之くんなら、大丈夫かなって」
祐美香はじっと瞳をのぞきこんできた。
(え。え。え……)
そのことばと見つめられたことだけで頭の中にびりびりと電流が走った。なにがなんだかわからなくなって次の瞬間には健康美溢れる身体に腕を回していた。
(ゆ、祐美香さんを、抱きしめちゃってるんだ、ぼく……)
若熟れ巨乳のGカップアイドルは逆らわなかった。
宏之は腕にほんの少しだけ力をこめた。
「あ……っ」
祐美香が小さな声を出し、また息が宏之の首にかかった。同時にブラウスの胸のふくらみがぐにゃりと密着してきた。
「祐美香さん、大丈夫……?」
訊きながらも宏之の手はゆっくりと動いていた。ブラウスを通して意外と細い、でもしっかりとした肢体の感触がつたわってくる。
「は、はい……宏之くん」
それまでになかったような艶のこもった声で答えると、祐美香は顔を上げて宏之を見つめた。
どちらからともなく自然に顔と顔が寄っていく。瑞々しい肢体の持ち主はすっとまぶたを降ろし、しかし顔は上に向けてくれていた。
(し、信じられない……グ、グラビアで見るだけだった祐美香さんが、まさか)
宏之はぎこちなく、くちびるにくちびるを寄せた。
「……っ」
くちびるの奥で祐美香がなにかうめくような音をたてた。その瞬間には口と口はおたがいが相手に吸いつき合うかのように触れていた。