いけない誘惑水着 グラビアアイドルの撮影日記

──ヒロくん? 平気? 祐美香ちゃんは?

「は、はい、ふたりとも無事です。あのう、そちらは?」

結にも加奈にも怪我はない、ということだった。

(よかったあ)

安堵でふっと身体から力が抜ける。

──あ、先生が代わるって。

加奈の声が耳に突き刺さってきた。

──祐美香は無事なのね? 本当ね?

「大丈夫です。あのう、警察か消防に連絡しましょう、先生。一回電話を切って……」

宏之のしごく常識的な提案に、女流カメラマンはダメ出しをしてきた。

──そんなことしたらすぐに地元の新聞社あたりに知れ渡って、お忍びロケが無駄になるわ。あしたから見学のギャラリーが鈴なりになったら仕事にならないわ。

「そ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。これだけの土砂をぼくたちだけでなんとかするのは無理だと思うんですが」

──加奈に考えがあるわ。

女流カメラマンは高圧的な態度で命令をくだしてきた。そして最後に小声でつけくわえてきた。

──いい、佐橋くん。おかしなことは考えないでね。例の写真のこと、忘れてないわよね? よろしくね。信頼してるわよ、きみのこと。

電話が切れた。

「あのう……先生はなんと」

祐美香が尋ねてくる。

「救援隊に心当たりがあるから口出し無用だそうです。で……万が一この辺も崩れたらいけないから、じたばたしないで、安全なところで待てって指示でした」

「安全なところ……」

少しうつむいて不安そうにそうつぶやくグラビアアイドル。

「はい。あの、桜さん、さっき通ったハイキングコースに、休憩用の小屋があったじゃないですか。あそこに行きましょう。なんか雨もやみそうにないですし。風邪をひいてしまいます」

ぎりぎりで埋没をまぬがれていた機材を拾い上げて青年は歩き始めた。

その後ろを白ブラウスと紺色スカート姿の女子大生がついてくる。

小屋という言い方を宏之はしたけれど四方を壁に囲まれた建物というわけではなかった。道路に面した部分には壁はない。田舎のバス停や、駅のホームにある待合室と同じつくりだ。

十分ほどでそこに着いた。

横長の木のベンチに腰かけて、大きく息を吐いた。

機材の間に挟んでいたタオルを手に取る。

「これで髪を拭いてください。それに……桜さんも坐ってください」

「は、はい。ありがとうございます」

胸とお尻の肉づきのよい女子大生グラビアアイドルは宏之から少し離れたところにちょこんと静かに腰を下ろした。

(どうしよう……こういうときって、女の子とどんな話をすればいいのかなあ……?)

どのくらいの時間であの土砂が取り除かれるのかわからない。心当たりとやらがなんなのかも教えてもらえなかったし。

そのときまたあたりが一瞬白く染まり、つづいて雷鳴が響きわたった。

「きゃ」

小さく悲鳴を上げた祐美香の方に宏之が思わず身を乗り出すと、おびえたような声で言われてしまった。

「そ、それ以上近づかないでください……」

「あ。は、はい」

ところが宏之が坐り直したとたん、また閃光が視界を切り裂き、ゴロゴロという音が轟いた。

「あ、あ、あの、そ、それ以上離れないでください……」

「どっちなんですか」

宏之としては別に怒ったつもりはぜんぜんなかったのだが、尖った言い方になってしまったようだ。

グラビアアイドルはごめんなさいと首をすくめた。

「わたし……男の人とか、ほんとに、馴れてなくて……」

「でも、桜さんなら学校でも人気者でしょう? 撮影の現場とかでも、周りに男性スタッフとかいっぱいいるんじゃ? 馴れてないってことはないんじゃあ」

祐美香はゆっくりと顔を横に振った。

「スタッフに男性の方がいても……みんないつも、最初はわたしに話しかけてくださるんですけど、次の日から急にそっけなくなったり……わたし、みんなにすぐきらわれてしまうのかもしれません……だから本当に、お話するのも慣れてないんです」

(ははあ)

ピンときた。

荒花加奈はきっとこれまでもずっと、ぼくにしてきたのと同じことを男性スタッフたちにしてきたのだろう。祐美香さんを守るために。

とはいえそれは現場の話だ。

プライベートに踏みこむつもりはなかったけれど、このまままたずっと黙っているのも気まずかったので尋ねてみた。

「でも、桜さん。学校で告白とかされて、たいへんだったでしょう?」

「わたし……ぜんぶ、おことわりしてきました」

「え。どうして」

「こわいからです」

どうやらこれも加奈がからんでいるようだった。男はみんな狼だから気をつけろ、口で甘いことを言っても結局は身体だけが目当てなんだから信用するな、と言われつづけてきたらしい。

男性スタッフから避けられることとも重なって、祐美香は中学でも高校でもずっと、うまく異性と接することができないままでいたようだ。

(なんだよ、荒花先生……祐美香さんが男に免疫がないのはそもそも先生のせいじゃないか。それなのに、あんな言い方しやがって)

ちょっと腹が立つ。

「ですから、今日の午前中、先生があんな風におっしゃったのは、すごく意外でした。今まではあんな撮影の仕方を指示されたことなかったから」

「はあ、なるほど……」

待てよと宏之は思った。

今、祐美香さんは、ぼくと同じように男女交際の経験もないって打ち明けたことになるじゃないか。