いけない誘惑水着 グラビアアイドルの撮影日記

うわ。

やはり本物だった!

宏之の耳にあこがれのGカップ水着アイドルの肉声が飛びこんでくる。

「菊池さん、やめてください、そういう言い方……恥ずかしいです」

なめらかそうな頬や細い首がうっすらと恥じらいの朱に染まっていく。

(ふ、ふつうにかわいい……)

それが第一印象だった。

「あは、ごめんごめん祐美香ちゃん」

「お世話になります」

あこがれの水着アイドルに上品に会釈をされて、宏之もぺこんと頭を下げる。

「こ、こここ、こちらこそっ」

思っていたよりも本物って背が低いんだなと思った。胸のふくらみのあたりをこっそり見ると、そこはやっぱり充分すごそうなんだけれど。ていうかお世話って。

「そしてこちらがあらはな先生」

おさななじみのお姉さんがもうひとりの女性をそう紹介した。

(げっ)

宏之は喉の奥でうめいた。

(荒花先生って、あ、あの、荒花……?)

長身ですらりとしたその女性は気の強そうな風貌をしていた。まなざしはなにごとにも揺るがないような自信と意志の強さを溢れさせている。男ものらしいポロシャツにチノパンツ。すらりと伸びた足にはワークブーツ。

宏之はこの女性のことも名前だけはよく知っていた。なにしろ桜祐美香のすべての写真集の表紙カバーに名前が印刷されているのだから。

荒花

確か通称が荒花・ザ・ワールド。世界の荒花、くらいの意味だろう。

(こ、こんなにカッコいい女の人だったんだ……)

頬はややふっくらとしている。三十歳くらい? よくわからない。その頬の丸みが研ぎ澄まされたような美貌にほどよいおだやかさを加えているようだった。

才女は右手を差し出してきた。

「荒花です」

「あ、は、はい、佐橋と言います」

数秒遅れて握手だと気づき、宏之も右手を出す。

ぎゅっと手を握りながら女流カメラマンは、品定めでもするみたいにジッと視線を注いできた。

眼力の強さにたじろぎながら尋ねてみる。

「あ、あの、ということはつまり、これはひょっとして、写真集の……」

答えたのはおさななじみの結だった。

「秘密だよ、ヒロくん。お忍びの撮影なんだから。誰にも言っちゃあいけないよ」

「……お忍び?」

こまかい事情はわからないままにとにかくうなずいた。

加奈はすぐに青年からは興味を失ったようだ。傍らにいる宏之の祖母となにかことばを交わし始めた。

「じゃあぼくは、トラックから荷物を降ろして……ベッドを組み立てないと」

いつまでも立ち話をしているわけにもいかない。

なにげなく洩らしたベッドということばに、え、ととまどったような声を上げたのは、清楚でシンプルなスカート姿のグラビアアイドルだった。

「ベッドって、ひょっとして……わ、わたしのせい、かしら」

「あーそうか。ここ日本旅館だもんね。よけいなこと言っちゃったんだ、あたし」

しまったという感じで舌を出すおさななじみ。

今回のロケ旅行の打ち合わせ中に、おふとんよりベッドの方がよく眠れるかも、と祐美香がなにげなくつぶやいたのを、菊池結はそのまま正式なリクエストとしてお祖母ちゃんにつたえてしまった、ということのようだ。

「組み立て式ったって……けっこう重そうじゃない? ヒロくん、それを全部自分ひとりで降ろして運ぶつもりだったの?」

もちろんそうだ。

うなずくと結は目を丸くした。

「お姉さんが手を貸してあげるわよ」

「じゃ、じゃあ、わたしも……」

Gカップアイドルがおずおずと口を開いた。

「あ、祐美香ちゃんはいいからいいから。先生と先に荷物を中に運んじゃって。おかみさん、案内おねがいします」

「はいよ」

祖母が首をたてに振る。

先生と呼ばれた女流カメラマンはグラビアアイドルの肩に手をかけた。どこか機嫌の悪そうな声だった。

「菊池さんの言う通りだよ、祐美香。あなたが手を出すことはないわ。怪我でもしたらどうするの? あしたからさっそく撮影始めるんだから」

「で、でも……」

「大丈夫ですよ。これくらい平気ですから」

なんとなく見かねて宏之が口を挟むと、私服姿のグラビアアイドルは深々と頭を下げた。それに合わせてなにかの花弁みたいにふんわりとスカートが空気を孕んでふくらむ。

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

(えっ)

これには宏之はまたびっくりしてしまった。

(なんか、祐美香さんって、ぼくが写真集で見てた祐美香さんと同じっていうか)

グラビアアイドルが写真と実際とではまるで違う、と言う例もあると聞く。しゃべらなければかわいいんだけどというアイドルもときどきいるようだ。

(でも、ぼくのイメージ通りというか……り、り、り、理想通りというか)

桜祐美香はテレビ番組にはいっさい出演しないというグラビアオンリーのアイドルなだけに、大ファンである宏之でも実態はまるで知らなかった。

(な、なんか、ぼく、惚れ直しちゃったっていうか)

会ったのは今日が初めてなのにそう思ってしまう……。

「よいしょ。よいしょ。ヒロくん、足元平気?」

「あっ、はい。結さんも気をつけてください」

積みこむときよりカーペットもマットレスも軽く感じたのは、おさななじみのお姉さんに手伝ってもらっているからだけではなさそうだった。

首すじにまでねっとりと暑気を感じる。

噴き出した汗でTシャツは背中に張りついていた。