「ぼく、知らなかった。まさか結さんがそんな仕事してたなんて……」
「じゃあ、これは知ってる? 今撮影してるのが祐美香ちゃんのファイナル写真集になるんだよね」
「ええっ? ファイナルって……? まだ若いじゃないですか」
「あはは。うん、若いけど。学業に専念したいんだって。もともと、スカウトじゃなくて、お友だちが勝手に応募したのがデビューのきっかけだったしね」
ふつうならDVD撮影スタッフも同行するけれど、今回は加奈が編集部に強引に写真集のみの刊行と最少人数での撮影ロケを認めさせたのだという。
「そんなことぜんぜん、ぼく知りませんでした」
「そう? ここでの撮影は秘密だけど、引退はもうネットで話題になってるよ」
大ファンではあるのだが宏之はかなり受動的だった。桜祐美香がブログの類をやっていないこともあってネット関係はフォローしていなかった。
(そうか……祐美香さんの成長は追えなくなっちゃうのか……)
残念だった。
写真集デビューのときからずっと見ているだけに、妹か従妹の成長を見守るような気持ちがあったのだ。
もちろんページをめくりながらの妄想の中ではひとつ年下の自分の彼女だったらいいなあと思ってもいたが。
はあとため息をついた若者を見て女性編集者は笑った。
「ん? つまんない? もっとニコッとした顔ばかり撮るって思ってた?」
「え……いや、そうでもないけど」
そんなことぐらい知っていた。
ファースト写真集のころは確かに表情はニッコリの一種類だったけれど冊数を重ねるごとにいろいろな表情が見られるようになった。
宏之は祐美香本人にはもちろんおさななじみのお姉さんにも、自分が桜祐美香の写真集を全部持っていることは言いそびれていた。
下宿での観賞用兼実用と実家での観賞用兼保存用で二冊ずつコンプリートしている。
(祐美香さんに知られたら、どう思われるかな……気持ち悪がられたらいやだしな)
でもせっかくだからファンであることを打ち明けてサインくらいはもらいたい気もするし。
(やっぱり一回うちに帰って、写真集持ってこようかな。でも、そういうのってやっぱり迷惑かもしれないしな……結姉ちゃんに相談してみようかな……)
「あ、あのう、ぼく、実は……」
声をかけようとした矢先。
「菊池さん! なにしてるの!」
女流カメラマンの怒ったような声が飛んできた。
「はっ、はい」
あわてて結が駆け寄っていく。
「祐美香のメイク直してくれる?」
「はいっ」
今回は編集者がメイクアップアーティストとスタイリストも兼ねているらしい。もともと結はそういう方面にも興味や素質があったようだ。
(すごいなあ、結姉ちゃん……しっかり社会人してるんだなあ)
胸は小さいようだけれどここから見ていても、安定感のある腰ときれいなかたちの丸いお尻が魅力的だ。
(あんなジーパンじゃなくて、水着になれば、お尻だけなら結姉ちゃん、祐美香さんにも負けないんじゃないかなあ)
そんなことを考えていた宏之のところに、ポロシャツ姿の女流カメラマンが歩み寄ってきた。
「きみも、知り合いだからって菊池さんの仕事の邪魔までしないで。見学禁止にするわよ。できれば特に、祐美香の視界に入らないでね」
いきなり尖った口調だった。
「は、はい。気が散るからですね……すいません」
「ちょっと違う。きみ煩わしいから。ウザいから。邪魔だから」
「……くっ」
はっきり告げられてヘコみそうになってしまう。
「あのねえ、きみ。どうして今回こんな極秘ロケを考えたと思うの? ファイナル写真集で祐美香の本当の魅力をかたちに残したいの。それにはたくさんのスタッフや見学のギャラリーはどうしても邪魔なの。あの子はいつまで経っても人目を気にしすぎるから。そこがあの子のいいところでもあるんだけれど」
「はあ……」
「まあ、ベッドの件では迷惑かけちゃったからって、祐美香と菊池さんが頼んだから、特別に見学を許可してあげてるんだけどね」
「は、はい。ありがとうございます」
叱られてウザいとまで言われてどうしてお礼を言わなければいけないのかよくわからなかったが、なにしろ相手は大物女流カメラマン。とりあえず頭を下げておく。完全に相手のペース。
顔を上げたときにはもう加奈は自分の仕事に戻っていた。
ふはあーっと息を吐く宏之。
(なんか、ああいう気の強そうな年上の女の人って、苦手なんだよな……)
スタイル自体はけっして悪くはなさそうで、長身でスラリとしていてカッコいいんだけれど。わりとモデル体型という感じだろうか。
「そうそう、そう顔……ちょっと目線は右に。うん、ワン、ツー、はいっ」
今度は祐美香は浜の上で仰向けになり、自分の身体に自分の腕を回しているポーズ。
才気溢れる女流カメラマンはすぐ近くに寄って真上から見下ろすようにカメラを構え、シャッターを切っていく。
アイドルのその姿勢だと巨乳ぶりがよりいっそう強調されて見えるし谷間もより深くなるのだろう。
(でもやっぱり……本物って、グラビアで見るより、なんだか小柄なんだよなあ……)
それはきのう初めて会ったときにも感じたことだった。
プロフィールによると桜祐美香は身長百六十センチ。宏之より十センチは低い。写真集では撮り方やトリミングで実際の本人の背丈よりも大きく見えてしまうようだ。