祐美香は前をはだけたプリントブラウスの下に肌色に近い色のビキニをつけている。下は白のデニムパンツ。足元にはミュール。午後の強い日差しは頭をすっぽりと覆うキャスケットで守られていた。
(こ、こうやって見てると、お、おっぱいだけじゃなくて、お尻もすごい……)
スカートの方が女らしいと思っていたけどそうでもないんじゃないか、と宏之は思った。白デニムパンツの方がお尻のかたちや丸みはきれいに見えるぞ……。
「一回東京に戻る」
結に電話を返しながら女流カメラマンはムッとした表情で言う。
「戻る? どういうことですか先生?」
「どうもこうもないよ!」
いきなり怒鳴り始めた。
「DVDは撮らないっていうのは決まったことじゃないの。それを今さら撮影隊を送りたいだなんて! 冗談じゃないわよ! 電話じゃあ埒があかない。直接行って説得してくるわ。両方を! あーもうウザい!」
わめき散らすカメラマンに編集者がおそるおそる尋ねた。
「両方? うちの編集長の他にも誰か?」
「雑誌社が嗅ぎつけたのよ。それで菊池さんのところの編集長に、おたくが写真集だけならウチがDVD付きのムックを出したいって、ねじこみにかかってきたらしい。それを聞いて編集長はよそに渡すぐらいならウチでやるとか言い出してる」
「でも、おかしいですね。その雑誌社の人はどうやって知ったんでしょう……まさか、ヒロくん、誰にもしゃべってないわよね?」
もちろんだ。宏之はぶんぶんと首を横に振った。
「ツイッター」
加奈は吐き捨てるように言った。
編集者はきょとんとして、はい? と訊き返す。
カメラマンはイライラを隠そうともしないでつづけた。
「あれだけ口止めしたのに、きのうの救援隊の中の誰かがつぶやきやがったのよ。それがまずい具合に祐美香のファンの検索にひっかかっちゃって、知れ渡ってる」
「え……じゃあ、ひょっとして、ここにもファンがつめかける?」
「今のところそれはないわ。はっきりここの場所まで洩らしたわけではないみたいだから。でもどこの社だろうととにかく、DVDの撮影隊なんかに加奈の写真集をけがされたくはないわ!」
いや、祐美香さんの写真集ですから!
というツッコミは宏之はどうにか抑えこんで我慢した。
「とにかく菊池さん。いちばん早い新幹線、手配してくれる?」
「は、はい。えーと、じゃああたしも?」
「あなたはいい。加奈もあなたのところの編集長と雑誌社と両方説得したらすぐに戻ってくるから、祐美香といっしょにここで待機していて。なにがなんでも妨害はすべて阻止してくるから」
女流カメラマンは飛ぶように出ていった。
※
加奈が戻ってくるまでは自然にフリータイムということになった。
「……どうなっちゃうんでしょう。他のカメラマンさんとかも来るんでしょうか?」
旅館の裏手は落ち着いた雰囲気の広い庭で木製のテーブルセットが設えられている。
お祖母ちゃんが切ってくれた西瓜をひと切れ食べてから、宏之はおさななじみのお姉さんにそう訊いてみた。
「それはないな。先生のことだから大丈夫。ダテに荒花・ザ・ワールドって呼ばれているわけじゃないから」
種をスプーンで取り除きながら結がそう答える。
「そういえば結さん、それ、どういう意味なんですか。本当のところは」
「世界は自分を中心に回っている、って先生は考えてる、っていう意味だけど?」
……思っていたのとちょっと違った。
でも納得。
「わたしがいけないんですよね。人が大勢いると恥ずかしいとか、わがままばっかり言うから、先生、気を使ってくださって……サイン会も恥ずかしくてできないし」
ぽつりと祐美香がつぶやいた。
(ああ)
そうだったのかと宏之は思った。
複数冊購入で握手券と交換だの記念撮影だのという商法を桜祐美香はしていない。読者との接点を少なくするという販売上の戦略かと思っていたけれど……単に恥ずかしいからだったの?
「わたしがいけないんですよね……いつもそんなわたしのわがままを先生は間に入って聞いてくださって……」
上品なスプーンの動きを止めてすまなそうにうつむく女子大生アイドル。撮影のときの水着の上に薄地の半袖カーディガンを羽織っている。
「……そんなことないですよ!」
なんだか黙っていられなくなって、宏之は口を開いていた。
「桜さんはわがままなんかじゃないし、なにもいけなくなんかないですよ!」
結はぽかんとした顔になっていた。
「ちょ、ヒロくん。どうしたの? なんでまた急にムキになってるの?」
「あ……」
言われて気づいた。
思わず立ち上がって力説してしまっていたのだ。
「べ、別に、ムキになんてなってないですよっ」
あわてて坐り直し、残りの西瓜にかぶりつく。
「おかしなヒロくん」
「どうせぼくはおかしいです」
食べながらそっと祐美香の様子をうかがう。魅力的な胸のふくらみを見ると、きのう指で触れたときの感触を思いだして心臓がドキドキしてしまう。
でもなにか様子が変。スプーンをすべらせてしまったり、かと思うと急に髪を気にしたりと落ち着きがない感じだった。
やっぱりきのうのいろいろなことを不愉快に思っているんだろうな。保護者同然の女流カメラマンがいなくなった不安もあるかもしれない。宏之はそう考えた。