「うわあ、ヒロくん、いっぱい出しちゃってえ……」
まぶたからしたたっていて片目はうまくあけられないようだ。結は桶に今度は湯を溜め、指を浸して少しずつ、顔からしたたっているザーメンを拭い取り始める。
「ご……ごめん、結姉ちゃん……」
「あたしはあんまり気にしないけど、祐美香ちゃんの顔にかけるのはまずいと思う。ていうかふつうはイヤがるから。気をつけてね」
「う、うん……いや、気をつけてねもなにも……」
やめてと頼んだのに太ももと下腹部と指で擦りつづけたのも、ペニスの前に顔を持ってきてじっとしていたのも結だ。
でも宏之は悪いのは自分のような気がして文句は言えなかった。
ぶっかけてしまったことには違いないのだし。
「うん……わかったよ。気をつける」
「じゃあ、すっきりしたら、つづきは祐美香ちゃんにしてあげてね」
「う、うん。じゃあ今夜……」
「んー、今夜はダメかな」
お姉さんはぬるぬるのひとさし指ふたつで×印をつくった。
「祐美香ちゃんもまだ落ち着いてないから。好きな女の子がひとりになりたいときには、そっとしておいてあげるのも彼氏の務めだよ」
「う……うん。そう……だね。わかった」
荒花先生が戻ってきたらなかなかふたりきりにはなれないような気もするけれど。
そう口にすると年上編集者は、大丈夫だよ、と言った。
「おたがい気持ちは通じ合ってるんだから、チャンスは来るよ。そのときには、しっかりやさしくしてあげるんだよ……がんばって。宏之くん」
「えっ……?」
おさななじみのお姉さんの顔を見たら、にっこりと笑ってうなずいてくれた。
結がきちんと名前で呼んでくれたのは、たぶん初めてだった。
第四章 はにかみ誘惑果実・グラビアアイドルとの初夜
一生の大切な記念日となるその日は朝勃ちで始まった。
(どうしてこんなに勃起しちゃうんだろう……)
そう思わずにはいられない。
きのう女湯であんなに出したばかりなのに、ひと晩ぐっすり眠ったらすっかり回復していたのだ……。
東京から戻ってきた荒花加奈はすぐに撮影を再開させた。
「うん、その辺でいいわ。それでこっちを振り返って」
「こうですか、先生?」
「そうそう。じゃあそのまま、いくわよ……ワン、ツー、はいっ」
車一台通る気配のない県道のガードレールにもたれる祐美香。シンプルな生成のワンピースはあつらえたものなのか、身体にぴったりだった。
胸のふくらみも胴のくびれもお尻の丸みも二十歳の健康的な魅力を放っている。豊かなGカップ乳のかたちがはっきりとわかるし、すらりと伸びた太もものうつくしさも格別。
(祐美香さんって、やっぱり、きれいだ……)
最小限のメイクしかしていない頬やくちびるは初々しさでいっぱいだ。きのうの騒動をうかがわせるようなところはなかった。
空は青く澄みわたっている。
日差しは相変わらず強い。
歩道沿いの草むらは銀色に光を反射させていた。
「ねえ、佐橋くん。悪いけどおかみさんを呼んできてくれないかしら」
加奈が突然そんなことを言い出した。
「はいっ? う、うちのお祖母ちゃんですか?」
「祐美香が田舎の道路の脇で、お年寄りとなにか話しているようなカットを撮ってみたいの。写真集に使うかどうかは保証できないけど……きみから頼んでくれない?」
「は、はい。わかりました。じゃあ、ちょっと呼んできます」
宏之は駆け足で旅館に向かった。
「ほんとにあたしを撮るのかいっ? この格好でいいのかい? ねえヒロちゃん!」
この歳になってデビューしちゃうのかいなどとひとりで大さわぎを始めたお祖母ちゃんの手を引いて県道に戻ってみると。
「……ん?」
なんだか結と祐美香の様子があやしかった。
編集者はアイドルの髪を直しながら小声でなにかささやき、アイドルの方も編集者の耳元になにかこそこそとささやいている。
ところが宏之が来たとたん、ふたりとも黙りこんでしまったのだ。祐美香は落ち着きをなくしてどこかよそを向いてしまうし、結はにやにやして宏之を見つめてくる。
(………?)
加奈はひとりでカメラの手入れをしながら、
「ほんとにもう、あいつら、勝手なことばかり言いやがって……」
ここにはいない出版社だか雑誌社だかの人間に向かってぶつぶつひとりで文句を言っている。祐美香と結の内緒話には気づいていない。
「あ、あのう先生。お祖母ちゃんを連れてきましたけど……」
「ああ。ありがとう。おかみさん、すみませんが協力おねがいします」
「いやですよう先生。前もって言ってくだされば、美容院に行ってきたのに」
あたしおかしくないですかねえと、身だしなみを気にしまくっている。
にぎやかになった撮影は意外と順調に進み、一時間ほど後にはもう加奈、結、お祖母ちゃん、祐美香、宏之の五人はみんないっしょに旅館に向かって歩き出していた。
「発売はいつなんですかねえ。ああ本当にどうしたらいいんでしょうねえ……」
「あのう、おかみさん……まだ必ず使用すると決まったわけでは……何百枚も撮っても本は九十六ページの予定なので……」
加奈は必死で説明するのだがお祖母ちゃんはわかってくれない。
「うれしいねえ。みんなに配らないと」
ひとりで盛り上がっている。
強気な女流カメラマンも年配の女性にどう言えばいいのか困り果てたようで、編集者に向かって手を合わせた。