いけない誘惑水着 グラビアアイドルの撮影日記

「──祐美香さん」

「えっ?」

起きたのではなく、寝言のようだ。

「──むにゃ……ぼく、祐美香さんの写真集、全部持ってる──」

えっ──?

「──仕事に集中してほしいし──脅されて言えない──むにゃ……写真集よりずっと祐美香さんきれいで──がんばってる──ぼくもがんばろうって思う──」

(そ、そんな)

どうしよう──。

なぜか急に、胸の中が甘いしびれのようなものでいっぱいになってしまって、息が苦しくなってきた。

こんなことは今までになかった──。

……誰かに呼ばれているような気がした。

「……くん?」

なにかぬくもりのあるやわらかい感触が頬にあった。

「ほら、起きなさい! こらヒロくん!」

(ひえっ?)

肩をグラグラ揺さぶられてガバッととび起きてから気がついた。あこがれの女子大生アイドルの膝をまくらにして眠りこんでしまっていたようだ……。

「うわっ、ご、ごめんなさい」

身体を離し、あわてて頭を下げる。祐美香は、

「いえ……」

と短く答えたきりで顔をそむけてしまった。やっぱり怒っているんだろう。

「無事なのね?」

荒花加奈が休憩所に入ってきた。

宏之はほっとする。

(あぶねっ……助かった……荒花先生には見られてなかったんだ)

膝まくらの現場なんて見られでもしたら、どうなっていたかわからない。

加奈につづいて四、五人の男性が入ってきた。みんな懐中電灯を手にしている。サラリーマン風のワイシャツを着ていたりランニングシャツ姿だったり土木作業用のヘルメットをかぶっていたりとまちまちの格好だが、全員揃って泥だらけ。

祐美香が尋ねる。

「先生、この方たちは……?」

「加奈が昔駆け出しだったころにおつき合いしていた『タウンライフ情報とっとり』の社長さんと社員さんたち。急だったのに、すぐ来てもらって、本当に助かったわ」

「加奈ちゃんの頼みじゃあ、断れないよ」

ワイシャツ姿の中年男がわははと笑った。

このことはくれぐれも内密にしてと加奈が手を合わせると、全員が、もちろんですと口を揃えてうなずいた。

「悪いわね……あ、そうだ。菊池さん。さっきの生チェキ、持ってるでしょ。祐美香。ひとりひとりに名前を聞いて、サインしてあげて」

それが口止め料代わりらしかった。ポラロイド写真を受け取り、祐美香と握手しながら救援隊の人たちは口々に、秘密は絶対に守りますよと約束してくれた。

(はあ……荒花先生って、顔広いんだな……それに、祐美香さん。やっぱりみんなに人気あるんだな)

そんなことを考えている宏之に女流カメラマンが近寄ってきた。

「佐橋くん。祐美香になにもしなかったでしょうね?」

「はい。も、もちろんです」

好きなことばのはずだ。

しかし、ピクリと眉を動かし睨みつけてきただけで女流カメラマンはそれ以上はなにも言わなかった。

もうとっぷりと日は暮れている。雨はいつの間にか上がっていた。

救援隊のメンバーといっしょに旅館に向かって暗い道を歩きながらふと気になって、宏之は白ブラウス姿の女子大生アイドルにそっと尋ねてみた。

「あのう、ぼく、どれくらい、その、眠ってたんでしょうか」

「大丈夫です、に、二十分……くらいでしたから」

なんだか祐美香がもじもじと恥ずかしそうにしていた。

二十分もそんなことをしてしまったんならそうだよな、と宏之は思った。

第三章 つまずき女湯体験・おさななじみのお説教

加奈が東京に戻ると言い出したのはその日の午後のことだった。

「ツー、スリー、はいっ」

朝からじりじりと焦げつくような暑さだった。

きのうとおとといの大雨が嘘のように空は澄みきっている。

あこがれの巨乳グラビアアイドルとふたりきりのひとときを過ごしたことも、衣服越しとはいえ胸にさわれたことも、すべては夢だったんじゃないか……宏之はそんな気がしてならなかった。

夕べはあれから祐美香と口をきく機会もなかった。

みんな疲れているだろうからということで午前中は撮影はお休みになった。

「スリー、フォー、はいっ」

午後から撮影は始まったが、祐美香に避けられているような気がしてならなかった。短い時間だったし気にしていませんと帰り道で言ってくれたけれど、ひょっとしたらまだ怒っているのかもしれない。

(さすがに膝まくらはまずいよな……もう一度、しっかり謝らなくちゃ……)

そんなことを考えている宏之の目の前で。

腕まくりしたパーカー姿の女性編集者が、ポロシャツにチノパンツという簡素な仕事着姿の女流カメラマンに携帯電話を差し出していた。

「先生、お電話です」

「……菊池さん。見てわかると思うけど。今、加奈は仕事中なんだけど」

「すいません、うちの編集長がどうしても代われと」

旅館から海岸へ向かう途中の短い坂道での撮影だ。

坂の上から遠くを見れば人家もあるけれど、窓はぴったりと閉じていて人が住んでいるのかどうかもよくわからなかった。人影などどこにも見られない。

小さいころ遊びに来たときにアイスやジュースを買った覚えのある坂の下の商店もシャッターを閉ざしている。

「……なんですって? そんなこと言われても困るわよ!」

なにごとか話しこんでいた加奈がいきなり携帯に向かって激昂した。

「………?」

結と祐美香が怪訝そうな顔を見合わせる。